3ダースには額縁業界にも師匠=『H氏』
3ダースには額縁業界にも師匠と仰ぐ人がいます。
仮に『H氏と』しておきます。
この人は額縁を作る職人さんで、県内某所に工房を構えておりました。
今ではその工房を引き払い…お元気なら大阪にいらっしゃるはずです。
たぶん3ダースより15歳くらい歳上だったイメージ…。
真面目で穏やかで、とても腕の良い職人さんでした。
現在油絵用の “本縁” を作る主なメーカーは、海外の製造拠点で…現地で職人を育成しながら製品を作り、それを輸入して販売しています。
ですから、たとえ生産地が海外だったとしても…本縁というものは “手作り” で仕上げられているのです。
まあ、最近は極端に安価な樹脂製モールディング棹による組立式 (モールディング製法 = すでに表面が仕上げられた長い棒状の部材を45°にカットして組み上げる機械製法のこと。第28回参照) の本縁も増えて来ていますが、フレームのカドに45°の接合線が見えない “本物の本縁” だったら『人の手による手作り』と思って間違いないでしょう。
海外生産の本縁を悪く言うつもりはありませんが、やはり国内の小規模な工房で作られる職人の手作り額に対する信頼度は…海外で大量生産している大手メーカー製のものよりはるかに厚いですね。
まあ当然、国内の職人が作った額縁は…お値段もお高いのですが。
H氏は大阪出身で、都内の大学に進学。大学生の頃にたまたま大手額縁メーカーでアルバイト。
額縁の面白さに取りつかれたのか、一般の企業には就職せず…国内の額縁職人に弟子入り。やがて独立し工房を構えました。
メーカーでアルバイトをしていた頃からウチの先代の社長とは懇意にしていたため、工房開設後にウチと取り引きを始めたそうです。
3ダースは20年ほど前に描いた油絵を、H氏に作ってもらった額縁にはめて今でも自宅に飾っております。
それはH氏の既製品のラインナップにはない、特製の額縁…。
3ダースがフレームの断面図を描き、構造や表面の仕上げも3ダースのリクエスト通りに作っていただきました。
そんなH氏、なぜ3ダースにとって師匠のような存在なのか…というと、額の製造工程を解説付きですべて見させてくれたことがあったから。
それは前述の自分用の額の時のハナシではなく、まだウチの先代が存命だった25年くらい前のこと…。
25年くらい前のある商談
公募展出品用のF200の本縁のご注文を…ある画家の先生から頂きましたので、大手メーカー製の額を仕入れるのでなく…信頼をおけるH氏に製造を依頼することにしました。
画家と先代とH氏と3ダースで打ち合わせを繰り返し、フレーム断面図は3ダースとH氏で共同で描きました。
(フレーム断面図はオリジナルの額縁を作る上で最も重要な作業。これが不正確だと、まともな仕上がりになりません)
H氏は塗師 (ぬし) という職人で、フレーム表面の下地塗りから箔貼りや仕上げ塗装の作業をする人。
(塗師とは…本来は漆器製造現場で漆を塗る職人を指すコトバですが、額縁業界では仕上げだけを担当する職人を塗師と呼ぶようです。その前段階の…長い角材を断面図に従って削り出し、4辺を組み上げ…フレームの裏側に作品をはめ込む用の枠を付けたりする木工作業を担当するのは『木地屋』という職人だそうな。
つまり、3ダースとH氏で描いた断面図をもとに…木地屋さんが角材を削り出し、4辺を組み上げてくれたってわけですね。
(中には木地作りから仕上げまでを分業せず…一貫でこなしちゃう職人さんもいます)
ちなみにH氏の工房は広さの問題でF200サイズの額は作れなかったので、当店のガレージを作業場として提供し…H氏に出張作業をしていただきました。
木地屋さんからウチのガレージに運ばれた…まだ木材むき出し (未塗装) のフレームに、H氏が様々な加工をして本縁に仕上げて行くのです。
数日にわたる作業でしたから、H氏は毎朝ウチに出張して来られました。
一度は忘れ物をしたとかで、奥様が赤黒ツートンのR30スカイラインRS (記憶が正しければ後期型の “鉄仮面” の2ドア) で颯爽と届けに来てくれたこともありました。
みなさん、例えば金色の額縁 (本縁) ってどうやって作ってるかご存知ですか?
ゴールドのラッカー塗料を刷毛やスプレーで塗装?
いえいえ…金色の額は金箔を貼って、銀色の額は銀箔を貼って仕上げているのです。
(金箔は純金箔ではなく、洋金箔 = 真鍮箔を使います)
で、ピッカピカの額の方が高級だと思ってたりしませんか?
いやいや…そういうピッカピカの額はヘタすると本当にラッカー仕上げの『安物』かもしれませんよ。みなさん、騙されないでくださいね
額縁業界では、ピカピカな額は “上品ではない” とされています。
本来 “良い” とされる額縁には、箔を貼った上に『古美 (ふるび) 』仕上げというものが施されています。
この “古美” ってコトバ、額縁業界以外ではなかなか聞かない用語です。
調べてみたらメッキ業界やアンティークアクセサリーの現場でも使われてるようですね。つまり “古美を施す” とは、アンティーク調に仕上げるってこと。
それも、触られまくって使い古された “ダメージ加工” …というイメージではなく、いじられずにそのままの状態で長い長い時間が経って “だいぶ落ち着いて来たなぁ” って感じるようなイメージ。
日本語で言う “侘び寂び” 的な雰囲気でしょうか…。
ですので、箔をキレイにピカピカに貼って作業が終わり…ではなく、貼った後で箔の表面をスチールウールなどで軽くこすり…下地の色を擦り出させたり、“イブシをかける” と表現される…ピカピカだった箔をわざとくすんだように見せる加工をしたりするのです。
だからちょっと古めかしく、派手さが無くて…落ち着いた額の方が、職人の技が加わっていて高級ってことなんです。
箔をスチールウールでこすって “下地の色をうっすら見せる” っていう技術は…もちろん知識としては以前から知っていましたが、フレームに箔を貼る実際の作業や箔をイブす『秘技』は初めて目の前で見させてもらいました。
箔の貼り方にも何種類ものやり方があるんです。
中には、洋金箔なのにまるで純金箔のように見えるような貼り方とかも…。H氏は惜しげもなくそれらの作業のすべてを、解説付きで見せてくれました。
箔をイブすと言うからには何か薬品を吹きかけて箔に酸化や硫化の反応を起こして腐蝕させるのか…と3ダースは思っていましたが、箔がそういう反応を起こしたかのように見える顔料の粉末を…箔の表面に定着させる作業だったんですよ。
実際には “燻 (いぶ) してなかった” んです。
いやぁ、ビックリでした。それに、これはシロウトには真似の出来ない職人技でした。
まあ…このように様々な額に関する知識を教えてくれたH氏、中でも額と画材を扱う上で最も注意しなければならないのが『P4には2つの寸法が存在する』という事でした。
『P4には2つの寸法が存在する』とは?
ある日、H氏と一緒にお茶を飲んでいる時に…『3ダースクン、お客さんの言うP4は絶対に…絶対に信用しちゃダメだよ。“P4の絵が家にあるから額が欲しい” って注文されても、現物を実際に測らせてもらえなかったら絶対に注文を受けちゃダメだからね!』と。
H氏いわく…おそらく画材業界で言うP4と額縁業界で言うP4に違いがあったのか、それとも東日本で言うP4と西日本で言うP4に違いがあったのか…とにかく1㎝くらい違う “2通りの寸法が存在する” とのこと。
それにより、H氏ご本人も相当痛い目に遭ったとのこと。
なので、この件だけは特に念を押して3ダースの精神に叩き込んでくれました。
現在の正式なP4規格の木枠寸法は『333 × 220㎜』です。
これはもちろん日本全国統一の規格です。
しかしいつ頃まで存在したのかわかりませんが、どうやらどこかに… “別なP4の寸法” が存在していたようなのです
だから昨日今日買った新品のP4の張りキャンに、P4用の新品の額を取り寄せれば…ピッタリ合うのはもちろん当然。
それが『規格』っていうものです。
しかし、『祖父が銀座の画廊で買った古い絵の額が壊れてしまったので新しい額を買いに来ました。作品の裏の木枠にP4ってハンコが押してありました』なんていう、いつの物かもわからない…どこで作られた物かもわからないようなキャンバスだと “危険” なのです。
確かに、戦前の尺貫法表記の頃と戦後 (正確には1959年以降) のメートル法表記では、1㎜程度の寸法のズレは生じ得ます。しかし、1㎝近いようなズレが生じるはずは絶対に無いんです!
そうならないために、東京・神田の老舗画材問屋 (問屋業だけでなく…製造も小売りも手掛けていました) B社が規格を定めたんです。
尺貫法だろうがメートル法だろうが、その時その時できっちり業界内で規格を取り決めていたんですから!
3ダースメルマガを執筆するにあたり、木枠のアレコレは徹底的に調べました。
どうやら、過去に存在した… “もう一つの変なP4寸法” は『333 × 212㎜』らしいということがわかりました。
ほほぅ、8㎜のズレですねぇ。
あ、みなさんご存知だったかしら?
油絵用の額縁の内寸は、だいたい木枠寸法より5㎜くらい大きく作られているんですよ。
それはナゼかというと、木枠に張るキャンバス布にも、布目の細い薄手の物もあれば…目の荒い厚手の物もありますよね?
また、キャンバスの木枠が正確に直角に組まれているとも限りません。
ですから木枠寸法プラス5㎜で額縁の内寸を作っておくことで、大抵のキャンバス作品ならおさまるだろう…という計算なのです。
よく、生徒さんが板で “手作り仮縁” を作る際…作品を実測しないで木枠寸法表の数値をもとに板を切り出してしまったため、板の長さが足りなくなってカドに隙間が出来ちゃってる状態のものを目にすることがあります。
木枠寸法表の数値はあくまでも『木枠部分』の寸法。それにキャンバス布が被せてあるんですし、特にカドは布を折り畳んで処理していますから…寸法表の数値を鵜呑みにして板を切り出したんじゃあ全然長さが足りなくなるでしょ?
手作り仮縁を作る際には必ず “作品の方” を実測しましょうね。
また、市販の金属製仮縁なども当然木枠寸法プラス5㎜で内寸を作っていますから、横ビス方式のネジをギュウギュウ締め付けてしまったら仮縁が歪んでしまいます。そんなこと…普通に考えれば当然なんです。
つまり、キャンバスの側面と仮縁の内側に2㎜程度の隙間が空くように…その空間をキープさせながら仮縁を取り付けるのがコツ。隙間をキープするのが難しそうなら、2㎜位の厚みになるように…厚紙などでスペーサーを作るのも良いかも。とにかく…ネジの締め付けの際は、チカラを加減しましょうね。
H氏が痛い目に遭った事例はキツくて作品が入らなかったパターンなのかユルくて隙間が生じたパターンなのか、どっちだったのかは忘れましたが…たぶんユルかったんでしょうね。
ただでさえ5㎜内寸を大きくして額縁を作っているのに、正規の寸法より8㎜も小さい作品じゃ、隙間が生じちゃったはずです。
H氏は作り直して対処したのでしょうが、だとするとその取り引きは…結果的にはH氏の赤字だったと思われます。
しかし、今まで3ダースが作り続けてきた『木枠寸法表』の資料群の中にも、その “変なP4の数値” は存在しません。
一体どこから日本の業界内に入り込んで来たのでしょうか?
師匠H氏を苦しめた “変なP4” のシッポを掴んでやりたい!
3ダース、動きます! 徹底調査、開始です!
改めて…日本の木枠寸法表、尺貫法時代の木枠寸法表、フランスサイズの木枠寸法表、メートル法以前の旧フランスサイズの木枠寸法表を確認しましたが、やはりどこにも『212㎜』という長さの辺は存在しません。存在する可能性すらも見えません。
では、基本に立ち返ってみましょう。
現行の日本サイズとフランスサイズを見比べてみて気付くのは、0号・1号・2号・5号のF・P・Mの各寸法が日本とフランスとでまったく同じ…ということです。
(フランスサイズの0号にはPとMも有る…とする資料もありますが、3ダースは日本サイズがお手本にした時代のフランスサイズの0号はF型のみだったはずなのでPとMは空欄で良い…と考えております)
そしてその前の時代になる…尺貫法の木枠寸法表をご覧いただければおわかりいただけるでしょうが、日本ではメートル法を採用する1959年を迎えるまで…0号も1号も2号も、そしてもちろん5号も、それに3号のPとM、4号のPとMに関しては規格自体が公式には存在していなかったんです。日本の寸法として考案されていなかったんです。
戦後、メートル法導入にあたり…日本の規格に存在しなかった0号・1号・2号・5号を、フランスサイズの寸法のまま日本の寸法表に採り入れることに…。
同時に…日本の寸法表に欠けていた3号のPとM、4号のPとMも…フランスサイズの寸法のまま採り入れることになりました。
ただ、寸法表に載ったとは言え…1号・2号・5号と3号・4号のPとMの木枠の “量産” がされるようになるのは1975 (昭和50) 年以降だと思われます。
F0だけは別。明らかな需要が有りましたから、メートル法導入以降…すぐに量産されたと思います。
F0以外のこれらの小サイズの木枠は、圧倒的に需要が無い (第46回メルマガ参照) んですから…作るだけムダなんですよ。
問屋でさえも…売れっこない寸法の木枠の在庫をかかえるなんてことは昭和の時代には絶対しなかったでしょう。
業界全体がこんな感じでしたんで…メートル法が導入される前の時代、どうしてもP4とかのサイズの木枠を欲しいという特殊なヒトには、特注扱いで対応していたはずです。
なぜなら…その際の “ルール” までも、『すべての木枠寸法を定めた東京のB社』が決めておりますから…。
1977 (昭和52) 年に刊行されたB社カタログの説明文を抜粋し、わかりやすく意訳してみました。
【日本の号数の歴史を通して、6号~500号までのF・P・M、及びF4とF3とサムホールの規格寸法は戦前より定められていましたが、5号・2号・1号・0号と4号のP・Mの短辺、3号のP・Mの短辺には規格寸法が定められていませんでした。
それらの規格のご注文には、欠けている寸法にフランス規格の寸法をそのまま充ててそのつど特別に製作し、対応していました】
いかがでしょうか?
これが、当時の業界内のルールだったのです。
そういう、需要の極端に少ない木枠は作り置きして問屋で在庫しておいても…売れないまま木材が痩せてしまったり反りが発生してしまったりでロスになるのは目に見えています。
需要が発生してから必要な数だけ生産するのが賢明なのです。ですので、P4やP3が必要な人には…そのつど “特注扱い” で木枠を作っていたんです。
その短辺の寸法は『フランスサイズにそのまま従う』…という、とてもわかりやすい業界のルールだったのです。
ですので、日本におけるP4の正しい寸法は『333 × 220㎜』です。
これは明治・大正…そして昭和前半の時代の “特注扱いの頃” も、量産され…市販されている現在も、まったく変わりなく『333 × 220㎜』 なのです。
変わりようが無い、明確なルールが有ったんですから!
しかしなんと、みんなが知ってる大阪の大手の絵具メーカー兼画材問屋である『H社』が…とんでもないことをしてくれてました
おそらく大正の初期から昭和の初期までの間に…独自にP4の寸法を勝手に考案
(11寸 × 7寸 = 334 × 212㎜) しちゃったのです
またF2 (8.5寸 × 5.9寸 =
258 × 179㎜) やF5
(348 × 273㎜) も…H社が独自の勝手な寸法で作っちゃっていたため、昭和後期まで小サイズの木枠寸法は東日本と西日本で…てんでんバラバラな状態が続いていたようなのです。
現在は、木枠を日本で最初に輸入し…国産の木枠の規格寸法をすべて定めたとされる東京・神田の老舗画材問屋B社が決めた規格に、業界全体が従っているようです。
(大阪のH社が画材の輸入や製造販売を始めたのはB社より約20年も後の事ですから、誰が見てもB社こそが業界の先輩なのです)
H社は1975 (昭和50) 年以降まで自社刊行のカタログに独自の木枠寸法を掲げてしぶとくB社に “抵抗” していたようですが、今では業界の統一ルールに従っています。
今でも、ごくごくまれに間違ったP4やF2・F5の寸法を掲載しているカタログや書籍などがありますので、気を付けたいものですね。
ネット上にも間違った数値がけっこう見られます。
(H社が影響力のある会社なので…いまだに間違った数値を “盲信 (妄信) ” している人もいて、業界の混乱は完全には解消されていません)
第17回メルマガの『謎のA4判』のハナシで話題に出した紙問屋さんの価格表ファイルの資料編ページにも “木枠寸法表” が書いてあるんですが、この紙問屋さんは関東にある会社のクセにP4の寸法を大阪のH社が『勝手に決めた寸法』の方に従って書いていたんですよ。
ですから過去に何度も電話で指摘して訂正依頼をしていたのに一向に直してくれず…。
“謎のA4判事件” でこちらがキレて怒って電話した時も、資料編のP4の記載は直してくれず…。
その半年後くらいかな?
業界の集りの場でその紙問屋の若社長を捕まえ、十数分間拘束してネチネチとお説教…。
直後に価格表の値上がり訂正の連絡が来た際に、いままで一度もいじられなかった資料編のページも…差し換え訂正がなされました。
我が師H氏、弟子は敵 (かたき) を取りましたよ!
【第57回終わり】













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