第2回_紙全般のハナシ

はじめに

大抵の美術の先生は、紙のことをロクに知りません。

あ、誤解の無いように。美術の先生達をけなそうとしているワケではありませんよ。これは、しかたのないことなので…。

もちろん画用紙や水彩紙…ケント紙などの使い方や性能・品質などに関する知識は、美術の先生はたくさんお持ちでしょう。

だからこそ…といいましょうか、美術用の紙**”以外の紙”**への関心は、とても低いと言ってしまっても過言ではないでしょう。紙全般を見る機会なんかも、先生達には皆無でしょうし…。


美術の先生が知らない「紙の世界」

美術の先生達は、世の中に出回る紙のけっこうな割合が『書くため専用の紙』や『描くため専用の紙』だろう…と思っているようです。

まあ、無理もないです。普段の仕事で接する紙は描くため専用の紙ばかりだし、ノートやメモ帳だって書くため専用の紙…。

しかし、現実は違います

ところが**”紙全体”**から見ると、書くため専用の紙や描くため専用の紙の流通量なんて、微々たるものなんです。

世の中に出回る紙のほっとんどは**”書くためではない紙”**なのです。

この…書くためではない方の紙の量は、先生方が想像してる量より…おそらく数千から数万倍の量で生産されているんです。


圧倒的多数を占める「印刷用の紙」

その…書くためではない紙は、“印刷するための紙”
パッケージや様々な印刷物に**”加工するための紙”**!

新聞用紙も、印刷するための紙でしょ?

本屋さんで考えてみてください

本屋さんに行けば、その店に存在する膨大な量の『紙』のうち…印刷されてない紙なんか、まず無いですよね?

商品である『本』は、すべて印刷された紙で作られています。そして、文庫本とかに付けてくれる店独自のブックカバーも、栞も、紙袋も、すべて印刷された紙です。

こう言われてみると、世の中に出回っているほぼすべての紙は、すでに**”印刷済み”**で、ほぼすべての商品パッケージにも『印刷済みの紙』が使われてる事に気付くことでしょう。

それらを我々は無意識に購入し、無意識にパッケージを剥がし、無意識に廃棄しています。

見えない紙の世界

様々なパッケージ用のカラー紙には、多数のカラーラインナップがありますが、中には商品メーカーに採用されず、出番に恵まれないまま廃盤になる色の紙だってあるのです。

つまり、生産されたものの、我々の手に届くところまで来ないで廃棄されてしまうような紙も大量にあるんです。

多種多様の紙を扱う紙問屋の人でもない限り、ほとんどの人は、生産された紙の全貌を知ることはできません。(私にもわかりません)

驚きの消費量

とにかく、自分が見たり触れたりできる…、あるいは自分でなんとなく想像できる紙の量よりも…何千何万倍の紙が、作られ…捨てられているんです。

名刺でさえ、1日に全国で3,000万枚が消費されてるんですって。

補足:紙のカテゴリー
新聞紙も含めた『印刷用の紙』以外にも…商品パッケージに使われるボール紙や段ボールなどの『板紙』、ティッシュペーパーやトイレットペーパーやキッチンペーパーなどの『衛生用紙』というカテゴリーもあります。

ちなみに、ウェットティッシュは”紙”ではありません。あれはレーヨンなどの化学繊維で作られた**”不織布”**です。


ある美術教員とのやりとり

もう25年以上前だったかな?
私よりちょっと歳上の美術教員が、『生徒作品を入れたいから**”木炭紙の額縁”**を持ってきて』と注文。

『木炭紙…の額…ですか?』
『そう、木炭紙がぴったり入る額!』

**ちなみに木炭紙(500 × 650㎜)サイズの額縁なんて、存在しません。**ナニソレ?…ですよ。

本来の額装とは

本来、スケッチブックや画用紙などに描かれた”紙の作品”は、マット(額装の際に作品の周りを囲む2㎜厚のボード紙)を使って…一回り大きな額縁に入れるもの。

だからこの場合は…木炭紙のサイズより10〜13㎝くらい大きな額縁を選び、5〜7㎝くらいの幅で周りを囲めるようにマットボードを窓抜きし…そこに作品をはめる。これが本来の『額装』っていう作業です。

しかし、話は噛み合わず…

ところが、どうもその先生とハナシが噛み合わない。

『マット使うとか、そういう”かしこまった額”じゃなくって…簡単に入れられる額縁あるじゃん! 枠は細いアルミでさぁ! 表面は塩ビ板で!』

『あ、なるほど。いわゆる**”イレパネ”**のことですね。でも…残念ですが、木炭紙ぴったりのサイズは出てないんですよ』と。

イレパネ(ポスターフレーム)とは

イレパネとは、『ポスターフレーム』のこと。

正確に言うと”イレパネ”は…あるメーカーの商品の登録商標なのですが、ポスターフレーム全般を指す”総称”としてもこの名前が使われています。

作られてるサイズはJIS規格で定められてる紙のサイズ(つまりA列・B列)の大きめの物と…ポスター専用サイズ(475×575・620×920・620×930)だけでした。

最近は『画用紙四つ切用』などのサイズを作るポスターフレームメーカーも徐々に現れたようですが、木炭紙サイズなんて…無いんですよ。まったく需要が無いんですから。

額縁とポスターフレームは別物

ちなみに、我々のように画材や教材だけでなく額縁も扱ってる画材屋は…『額縁』と『ポスターフレーム』はまったく別なカテゴリーとして考えております。

“額縁”の特徴:

  • マットによる額装作業が必須
  • 油絵用の厚みのある額
  • 2㎜厚のアクリル板(当時はガラス)
  • 裏板も硬くてしっかりした板
  • しっかりした段ボール箱入り

“ポスターフレーム”の特徴:

  • 値段も極端に安価
  • 軽くてペラッペラ
  • 0.5㎜厚のペット樹脂板(当時は塩ビ板)
  • 裏板はスチレンボード
  • ビニールパック包装

このように、まったくの別モノですから、ポスターフレームのことを『額縁』とは呼びません。

でもまあ、一般のヒト(この人は一応美術教員でしたが…)にとったらイレパネも”額縁”になっちゃうんでしょうねぇ。


「木炭紙サイズがあるはず」という思い込み

『無いわけ無い! 有るはず! 調べてみてよ! 木炭紙なんてメジャーなサイズなんだから!』って…その先生はおっしゃいますが、価格表のオモテにも裏にも背表紙にも、載ってないものは載ってませんわ。

『少し割り高になりますが、特寸で作りますか?』と、極力穏やかに提案してみます。

まあ、同じくらいの大きさのフレームの約2倍くらいの値段にはなりますが…そもそも安価なモノですし、この場合は特寸で行くのがベストと思いました。

しかし…

でも、その先生は『たかが参考作品を入れるだけのために、”特注”なんてあり得ない! じゃあ、ぴったりのサイズじゃなくてもいいから、既製品で近いサイズの額縁見つけてよ!』と…。

普通に考えたら、参考作品だからこそ…額縁ではなくポスターフレームを選ぶべき。一度…木炭紙サイズぴったりに特寸で作っておけば、以降のはめ替えもストレスなく出来るはず。

ですが、何を勘違いなさったか…特殊な部材を使うとか特別な加工を施すような”特注”っていう風にとらえられちゃったようで、『たかが生徒の作品に無駄な出費なんかさせるなよ!』って言い出す始末。

で、まだブツブツとつぶやいてらっしゃいましたよ。
『なんで木炭紙ぴったりサイズで作ってないんだろ。明らかに需要あるのに…』って。


需要の現実

みなさん、もうおわかりですよね?

明らかに無いんですよ、ポスターフレームに木炭紙を入れる需要なんか。

つまり…美術教員が考える『描くため専用の紙を入れる需要』より、『印刷されたJIS規格サイズ(A列・B列)の紙を入れる需要』の方が何千何万倍もあるんです。

その現実が、この先生にはイメージ出来なかったのでしょう。

JIS規格サイズの圧倒的優位性

ポスターや印刷物は、ほとんどすべて…JIS規格サイズの紙に印刷されていますよね?
最近は賞状なんかも、パソコンのプリンター用に規格サイズの用紙が増えています。

(手書きの…本格的な賞状は、いまだに賞状独自の特殊な寸法の紙を使ってますが…)

ところが、画用紙やケント紙や木炭紙は、JISの規格サイズには作られていません!

そしてポスターフレームのメーカーは、画用紙やケント紙や木炭紙用の寸法のポスターフレームまで既製品としてラインナップさせようとは思っていません!

これは当然のこと

これ、ちっとも不思議なことじゃないんです。

画用紙やケント紙や木炭紙みたいな紙をポスターフレームに入れる需要なんかより、圧倒的に…、もう比較にならないくらい圧倒的に、JIS規格サイズの印刷物を入れる需要の方が多いってことなんですよ。

我々のような額縁屋や画材屋で売れるよりはるかに大量のポスターフレームが、現在はホームセンターやディスカウント店、ネット通販などで流通しています。

その購入者はポスターや印刷された**”規格サイズの紙を入れるため”**に買うのです。

需要の検証

一度でもポスターフレームを買ったことのある人1万人に、『木炭紙っていう紙をご存じですか?』なんてアンケートしてみても、知ってるって答える人は100人居るか居ないかでしょう。

その知ってる100人のうち、実際にデッサンをしたことのある人…それをポスターフレームに飾りたいと考えたことのある人…とたどれば、需要が見極められます。

まあ、限りなくゼロってことです。これが現実です。

木炭紙に描いたデッサン作品を本当に飾ろうと思う人なら、少し高かろうが…ちゃんと”マットを使った額装”をしてその作品を飾るはず。せっかく描けた力作を、ショボいポスターフレームに入れたがるヒトなんか、居ませんよ。

また…子供や孫が描いた画用紙の作品も、ショボいポスターフレームなんかじゃなく…作品を立派に見せられる”額縁”の方を、親や祖父母は必ず選ぶのです。

企業需要の規模

あ…『限りなくゼロ』なんてちょっと大袈裟に聞こえたかもしれませんが、規格サイズのポスターフレームの購入者は”個人”だけじゃありませんからね。

  • お店や企業のディスプレイ
  • 公共施設やイベントでの展示や掲示

こういう場面での需要は一般のヒトが想像する需要の量とはケタ違いです。そして、それらはすべて…規格サイズでの需要なのです。


狭い視野の問題

この先生は…そういう風に世の中を見ることなく、画材屋に注文さえすれば当然木炭紙サイズのポスターフレームが納品される…と思ったんでしょう。

先生の見えてる世界…狭すぎなんですよ!

ま、面と向かってそんな風には言いませんけどね。

こういうヒトのために『特寸での受注』っていうシステムもあるんですよ。たった5割増し程度のお値段で…。

結末

その先生はあれこれ常識的な説明をしてあげてもまったく聞く耳持たずでしたから、結局安物の小全紙サイズ(505 × 660)のデッサン額(本来マットボードを使って水彩画など額装するためのもの)を納品し、そこにその木炭紙の作品を入れてもらいました。


まとめ

紙を扱う仕事をしてるのに、美術教員という人達は…自分が扱わない紙の存在を全然意識していない…という、良い例だと思います。

美術に携わる人ならことさら、自己満足にならないよう…広い視野を持っていただきたいものです。


【第2回終わり】

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