第49回_F・P・M・Sのハナシ

最近…ほぼ毎回のように感想メールをくださる若い先生から、また鋭いご指摘をいただきました。

『尺貫法の寸法表にS型の欄が無かったのは単に省略しただけなんですか? それとも敢えて書かなかったんですか?』というような内容でした

鋭い ‼

はい、省略ではありませんよ。
敢・え・て、書かなかったんです。
書かなかった意味が…ちゃんとあるんです。

そしてもう一つ、やはりこの先生もお気付きでしたが、フランスサイズの寸法表にもS型の欄は有りませんよね?
これも省略ではないんです。
敢えて書いてないんです!

『いやいや3ダースサン、長辺と同じ数値をもう一回書くのが面倒だから省いたんでしょ? それは省略って言うんですよ!』って思った人もいらっしゃるでしょう。

でも違うの! 
敢えて書いてないの!

書く必要が無かったから、敢えて書かなかったの。

そもそも…前回の後半で述べましたが、日本人はフランスサイズに記載の無いF130なる変な寸法を…昭和50年以降に勝手に考案し、規格寸法として発売しました。
実はS型 (正方形) の規格寸法も、ほぼその頃に初めて発売されたんです。
だからそれまで…S型なんていう “変な規格” は存在しなかったんです。

当然、戦前の尺貫法の時代には…それらの変な規格寸法は存在していなかったっていうことですから、尺貫法表記の寸法表には書かれなかったんです。
っていうか、書いてあったらいけないんです。

フランスサイズの寸法表にも…S型の欄が書かれていないのは、1959年頃のフランスにそういう変な規格寸法が存在しなかったから…。

でもね、衝撃の事実

日本でF130とかS型の “既製品の木枠” の発売よりもはるか前から、そういう “変なサイズ” のキャンバスを使ってる画家は存在したんです。

F130も正方形も、画家が自力で簡単に作れちゃったんです。
それだけじゃありません。超細長いキャンバスだって簡単に作れちゃったんです。

これは画家本人が角材などを加工して “手作り木枠” を作っていた…っていう意味ではなく、市販の木枠の “パーツの組み換え” で…そういう変なサイズのキャンバスを作れちゃったんです。

『ああ、それならわかりますよ。自分もやったことあります。手元にある木枠を組み換えればMよりも細いキャンバスだって作れますよね。でもたしか正方形を作るのだけは…ホゾの構造上無理だったんじゃないかなぁ?』って声が聞こえて来そう。

そうなんですよ。
現代の木枠でも、短辺の位置に1つ下のF型の短辺を持って来てはめ込めば…簡単にPが。2つ下のF型の短辺を持って来てはめ込めば…簡単にMが作れます
さらにその下のサイズの短辺を持って来てはめ込めば、Mよりもっと細いキャンバスだって作れちゃいます。

でも、F100の “長辺” とF120の “長辺” を組み合わせてF130を作り出す…とか、同じ号数の木枠を2組分用意して “その長辺同士” を組み合わせてS型を作り出す…とかは出来ないでしょう?
出来ないんですよ。
構造上不可能なんですよ、現代の木枠では…。

しかし、昔は作れたらしいんです。
簡単に作れちゃったらしいんですよ。

簡単に作れちゃった理由

 

※昔の木枠の模式図

※現在主流の木枠の模式図

 

添付画像をご覧ください。
1枚目が昔の木枠の模式図 (ただしこれは、あくまでも3ダースの想像図) です。
2枚目は現在主流の木枠の模式図です。

どこが違うか、わかりますか?
よ〜く見比べてみてください。

昔の木枠は、4つの辺を組んだ状態で裏面から見ると…ホゾの噛み合い方が『風車型』に組まれていることがわかります。
現代の木枠は『H型 (はしご型) 』に組まれています。

昔の木枠は、辺の両端にあるホゾが1枚対2枚だったのです。
いわばオスとメスの構造になっているので、長辺のパーツを短辺の位置に持って来てもホゾが噛み合います。
ですから、F100の長辺とF120の長辺を組み合わせてF130を作るとか…どんな大きさのS型でも、同じ号数の木枠を2組分用意さえすれば作れちゃったんです。
これはフランスで木枠の基本構造が考えられた頃からそうだったみたいです。

一方、現代の木枠では…辺の両端のホゾの作りは『オス・メス』ではなく、同じカタチになっています。
ですから長辺の両端は『長辺用のホゾのカタチ』になっていて、短辺の両端は『短辺用のホゾのカタチ』になっている…っていうことです。
つまり、“長辺のパーツ” を “短辺の位置” に持って来て長辺同士で組ませようとしても…ホゾがぶつかり合うので噛み合いません。

なぜ木枠製造業者は “組み換え可能な便利なシステム” を見限り、ホゾの構造を変えてしまったのでしょうか?

それはおそらく4辺を組んだ時の強度に対する心配からでしょう。昔ながらの1枚対2枚のホゾよりも、現代の2枚対2枚のホゾの方が頑丈に組めます。

それに昔ながらの風車型に組む構造だと…斜めのチカラが加わって一つのカドに狂いが生じると、すべてのカドにも狂いが伝わり…簡単に菱形にひしゃげてしまうのです。
4本の木枠を四角く組む時や、キャンバスを張ろうとプライヤーで引っ張るたびごとにひしゃげてしまうのでは明らかなデメリットです。

一方…現代の『H型 (はしご型) 』の組み方なら、斜め方向にチカラが逃げませんから菱形にひしゃげる心配はまずありません。
だから長年続けていたフランス式のホゾの切り方をやめ、昭和50年前後に…よりしっかり組める構造の木枠を作るように木枠製造業者の側が方針転換したんだろうと思います。

ちなみに…3ダースが学生時代に先輩から教えられたのは『木枠を4辺組んだら、必ず対角線の長さを測り比べろ』ってことでした。対角線の長さに差が有れば、木枠が直角に組めていないっていうことですからね。
その頃はとっくに “現代の木枠” に切り替わっていたはずですが…おそらくひしゃげやすい昔ながらの木枠のイメージを先輩達が引きずっていたのでしょう。

ホゾの切り方が変わり…ひしゃげにくい構造になりましたが、今度はパーツの組み換えが自由には出来なくなりました。
自由の利かない木枠を売り出す…ということは長辺同士を組み合わせたがる画家達を裏切ることになります。

その、一部の画家達の要望に応えるカタチで…F130とかS型の木枠を正式に規格化し、既製品として発売した…ということなのでしょうね。

ちなみに皆さんご存知でしたか?

Fは『figure = フィギュール』で人物型。
Pは『paysage = ペイサージュ』で風景型。
Mは『marine = マリーヌ』で海景型…とされています。
この、聞き慣れない横文字はフランス語です。
まぁここまでは美術の先生方でしたら常識の範囲内ですよね?
油絵専攻でなくとも…。

ではSは?
『square = スクエアー』で正方形。

おや、ナゼかこいつだけ英語ですよね。
F・P・Mはフランス語で、Sだけ英語。これって不思議じゃないですか?
3ダースは不思議に思いますよ。
メチャメチャ不思議でしたよ。

でもこれ、ほとんどの人はスルーしちゃってますよね?
スルーしちゃっていいんですか?

ここは、画材の歴史を研究する側から見たら重要なポイントなんですよ。

ちなみに、F・P・M同様にフランス語で正方形を表せば『carré = カレ』ですからね。
ご存知でしたか?
『森永カレ・ド・ショコラ』の “カレ” ですよ!

ですから、フランス由来のルールに従っていたのなら…正方形を表す記号は『C』だったはず。

つまり、正方形のキャンバスって…フランスから正規のルートで入って来た “正統派アカデミズム” の文化ではないんですよ。
おそらく、アメリカの現代美術系のムーブメントの影響なんでしょうね。だから英語表記のSになったんでしょうね。
(Sの記号に関してはまた後日に触れる機会があるかもしれません)

ハナシはF・P・Mに移ります。

フランスにおいて、メートル法が導入される前の時代にはFもPもMもありませんでした。
単なる数字による号数表示だけです。
まあそれは結局…今で言うところのF型のことなんですけど 
つまりキャンバス用木枠の規格サイズは…最初はF型だけだったんです。

実際、用途は人物画でした。
肖像画ですね…圧倒的に。
王侯貴族ばかりでなく、高級聖職者、将官、そして新興市民階級も…競って肖像画を画家に依頼していました。つまりこの時代の画家がお金を貰って描く絵といえばほぼほぼ肖像画オンリーです。
ですので、既製品のキャンバスは人物画を描くのにちょうど良い比率で設計されていたわけです。

やがてフランスにおいてメートル法が導入され、木枠寸法もメートル法で規定されるようになった19世紀後半〜19世紀末頃に…人物画用とは異なった比率の木枠寸法の規格が現れます。
PとMです。
(ちなみに最初、ペイサージュとマリーヌが出現したばかりの頃…もう一つの呼び方はフィギュールではなく
 “portrait = ポルトレ = 肖像” だったようです。ポルトレのPはペイサージュのPとカブるため、アルファベット1文字で表す際に区別出来ませんから…その頃から人物画用の規格にはフィギュールのFを使うようになったのでしょう)

1891年にフランスで刊行された書籍に載っている『張りキャンバス及び木枠の価格表』なる資料を見ますと、PとMの短辺の欄には決まった寸法が記載されていないんですよ。最大値と最小値が書かれていて、つまり短辺は画家の希望する寸法を聞いて画材店が作りますよ…ってことだったのでしょう。

しかしその都度その都度の受注生産は…とても面倒なわけです。そりゃあ当然です。

そんなわけで、やがて一つ下のF型の短辺をはめてP…。二つ下のF型の短辺をはめてM…という、極めて安直な “法則” を適用して寸法が整理され、フランスサイズの寸法表が完成したのです。

実際1894年頃のフランスサイズの寸法表を見ると、PとMのすべての短辺はどこかのFの短辺 (あるいは長辺) に使われてる寸法と同じ数値です。つまり、黄金比や白銀比という『理想の比率』を基準にして数値を導き出した…っていう短辺なんかは、ひとっつも無いんですよ。

もっと言うと…肝心のF型の短辺だって、16サイズあるうちの7サイズの短辺は…どこかしらの長辺に使われてる寸法と同じ数値なんです。
(前回添付した1894年頃のフランスサイズの表をご参照ください)

なるべく労力をかけず、規格に従って大量に作られたパーツをFPMで使い回してる…っていうイメージですね。

現在画材業界で真実味をもって語られている『通説』とは・・・

現在画材業界で真実味をもって語られている『通説』… (Mは黄金比、Pは白銀比、Fは横長に置いたMを真っ二つにした比率) は、まやかしでありインチキだった…ってことが皆さんにもご理解いただけましたか?

やれ黄金比だの白銀比だの…崇高な理想のもとに設計されたかのように語られていましたが、あの “通説” は全部…後世のアタマの良いヒトがみんなから感心されたい一心で、勝手に考えたストーリーだったんです。

実際は…そんな高尚なハナシじゃなく、昔の木工職人が勝手にタテヨコの寸法を決めていただけのこと。

3ダースも前々回で言ってましたよね?
『昔のヒトが適当にタテヨコの寸法を決めちゃったから…』って。
まさにそういうことなんですよ。

理想の比率に固執し、小難しい計算式をもとに…定規の細かい目盛りと格闘しながらチマチマ木枠を生産するっていうよりも、大きな目盛りだけに従って…効率良く木枠を生産する。木工職人の仕事って、そういうものです。
職人は数学者じゃないんだし、芸術家でもない。
効率良く木枠を作り出すのが仕事ですから。

作業効率を優先させるなら、わかりやすくて単純な目盛 (単位) を用いてシンプルに設計された『 “規格”というシステム』を頼るのが最善なのです。

実際…職人は黄金比だの白銀比だのなんかは意識していなかったはず。
その証拠に黄金比ピッタリに作られたMなんかはフランスサイズの寸法表には一つもありません。
(日本サイズのMには、ほぼ黄金比のサイズが2つありました)

白銀比にほぼピッタリで作られたPも…14サイズ中P30とP100の二つだけ。

それどころか、フランスサイズのM15なんかは…P100よりも白銀比の値に近いんですよ、Mなのに!

最後に、フランスサイズの比率の計算をしていて…ひとつスゴイのを見つけちゃいました。F40のタテヨコ比率の “値” です。

皆さんも計算機をお手元に…。
長辺の1000㎜を短辺の810㎜で割ってみてください。

短辺1に対して…長辺がどれだけの比率なのかが分かりますよ。

【第49回終わり】

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