第41回_手張りをする上での、もう一つの壁のハナシ

はじめに:前回の補足説明

もう一つの乗り越えなければならない壁のハナシの前に、前回メルマガで説明の足りなかった部分の追加説明から…。

複数の先生から『30年以上前に見られた “特殊な事象” とは?』とご質問をいただきましたので、その件のご説明です。


国産杉木枠で起きた「絵具が乾かない」事態

おそらく35~40年くらい前なのか…と思いますが、キャンバスに描かれた油絵が乾かない…という事態が一部で多発したようです。

絵の全体が…というわけでなく、絵の回りの部分が永遠に乾かないんです…。

わかりやすく言うと、キャンバスが木枠と接している部分ですね…。

つまり、その原因はおそらく木枠のせいだろう…ということはすぐにわかったんですが、木枠の何がマズかったのかがなかなか判明しなかったんです。

ちなみにその事態は、国産の杉材を使った木枠でのみ…発生していました。


キャンバス用木枠の歴史

ネズコ材の時代

本来、キャンバス用木枠はネズコ(漢字で書くと『木へんに鼠』)という…ヒノキの仲間の木で作られていました。

『木曽五木』(ヒノキ・アスナロ・ネズコ・サワラ・コウヤマキ)と呼ばれるヒノキの仲間のうちの一つです。

下駄や家具や建具などにも使われていた木材で、昔の駅弁のフタでもある経木(きょうぎ)にも…よく使われていました。

おそらく、45~50年くらい前に資源の枯渇により、ネズコをキャンバス用の木枠に使うことはなくなったようです。

ベイズギへの転換

木材としてネズコに最も近かったのが、北米西海岸で産出するベイズギ(ウェスタンレッドシダー)。

これもヒノキの仲間です。

木祖村のメーカーの組合ではネズコが足りなくなることを見越して、早い時期からベイズギを輸入し、木枠の生産を続けました。

国産杉材での試み

しかし、手に入りやすい国産の杉材を使って木枠を生産しようとした業者も出て来たのでしょう。

それがおそらく35~40年くらい前と思われます。

その、杉材の木枠を作るメーカーにのみ…クレームが集中したわけですから、マズイのは杉の木だってことはすぐにわかりました。


原因は揮発性有機化合物

やがて、絵具が乾かない原因が杉から発生する…杉特有の『揮発性有機化合物』だということが判明し、杉の木枠は販売中止になったそうです。

これらのことが起きたのは…3ダースが画材業界に入るよりずっとずっと前のことだったんですが、原因が揮発性成分だと分かったというニュースは3ダースが入社してから発行された文書で読んだ記憶があります。

酸化重合の阻害メカニズム

おそらく、揮発性成分が油(乾性油)の酸化重合を阻害したんでしょうね。

本来、酸素が乾性油の分子間に入り込んで結合し…幾つもの油分子を固化させるはずが、その酸素の結合すべき部分に…先に揮発性有機化合物がくっついてしまうんでしょう。そのため、もうその部分には酸素が入り込むことが出来ず…絵具は永遠に乾かなくなっちゃうんです。

問題の解決と商品化への道

現在は杉の製材時及び機械乾燥の際に温度や圧力をかけ、揮発性有機化合物を除去しているそうな。

検査機関によって、乾性油の酸化重合を阻害する物質は検出されないレベルにまで抑え込めたことが証明され、いよいよ商品化が近いようです。

現在ストップしているベイズギの輸入が…再び再開されるのが早いか、国産杉による生産開始が早いか、いずれにしても…現在メーカーの在庫状況は、最悪の品薄状態です。


もう一つの壁:キャンバスタックスの廃番

そしてもう一つの壁!

実は…、『キャンバスタックス』が廃番になっちゃってます!

いやぁ、ビックリしましたよ。

もう、無いんです。

どこを探しても…。

実は去年の10月に廃番になっていたらしいんです 😅

廃番通知を見逃していた理由

いや、問屋さんからは品切れや廃番や値上がりに関する情報のFAXがその都度送られて来るんですが…去年はとにかく値上がりの件数が多く、一度に10ページ以上の細かい文字のFAXが…月に3回以上も来る時もあって、一つ一つ目を通してられなかったんです。

時期的に〇〇高文連美術展も近く、忙しかったので…。

(画材問屋さんだけでなく、教材問屋さんやメーカーさんからもありとあらゆる値上がり情報のFAXが来るので、キャンバスタックスの廃番通知が完全に埋もれてしまってました)

衝撃的な事実の発覚

今年の3月になって、メルマガに書く内容の取材のために画材問屋さんに何気なく電話をかけてキャンバスタックスの問い合わせをしましたら『旧タイプのキャンバスタックスはもうとっくに廃番になってますよ。代替品は張りキャンに使ってる、普通の釘の…短いヤツです。たぶんすっごく使いづらいと思います』と。

え~~~~っ!

キャンバスタックス、終わっちゃってるの~~~~?

これからは使いづらい釘になっちゃうの~~~~?

あり得ねぇ~~~~!

ウチで使う…3ダースが手張りするためのタックスさえ、もう手に入らないってことになって…。

もう…目の前真っ暗ですよ。


手張りの危機

使い回せる硬いベイズギ木枠も無い。

手張りをするためのキャンバスタックスも無い。

もうこれは、キャンバスの手張りなんか “するな” ってことなんでしょうか?

それでも手張りを応援したい

3ダースも、『生徒さんに手張りをさせるのは時間のムダ』(第21回・第25回参照)とか『結局トータルで見たら、機械製の “張りキャン” が一番安いです』(第37回参照)と言っていました。

しかし、本当は生徒さんに張らせたいんです。

生徒さんが張ることを応援したいって思ってたんです。

でも “キャンバスタックス” が無くなっちゃったら、手張りなんか出来ませんよ!

普通の釘の短いヤツじゃ…すっごく張りづらいと思います。


このハナシ、次回に続きます。

【第41回終わり】

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