画材業界の新しい潮流 ——世界堂アートエキスポ2025が示す未来

はじめに

2025年11月15日・16日、東京国際フォーラムで開催された「SEKAIDO Art EXPO2025」。日本を代表する画材専門店・世界堂が創業85周年を記念して開催したこのイベントは、画材業界にとって画期的な出来事となりました。

私自身、「Five Star」という画材イベントの実行委員長として活動していますが、今回の世界堂のチャレンジには大きな刺激を受けました。本記事では、画材業界に詳しくない方にも分かりやすく、このイベントが持つ意味と、業界の未来についてお伝えします。

世界堂アートエキスポ——何が特別だったのか

圧倒的な規模感

画材・文具・額縁メーカー40社以上が集結という規模は、日本の画材業界では前例のないものでした。来場者は無料で、以下の体験ができました:

  • 著名アーティストによる展示・ライブペインティング・講演会
  • 画材を実際に手に取って試せるメーカーブース
  • 初心者も楽しめる体験型ワークショップ
  • 氷室京介氏のステージ衣装展示

「売る場所」から「体験する場所」へ

従来、画材店は商品を売る場所でした。しかし世界堂は、このイベントで**「体験価値の提供」**という新しい役割を示しました。

画材は、写真や説明文だけでは伝わりにくい商品です。筆の弾力、絵具の発色、紙の質感——実際に触れて初めて分かる魅力があります。メーカー40社が直接ブースを出展することで、来場者は様々な画材を一度に試し、比較し、自分に合ったものを見つけることができたのです。

海外にも小売店主催のイベントはあるのか?

実は、海外では画材小売店がイベントを開催する文化が根付いています。

イギリス:Jackson’s Art Supplies
定期的に「Plein Air Days」(屋外スケッチイベント)を開催

ドイツ:Boesner
各店舗でワークショップやアーティストイベントを定期開催

アメリカ:Blick Art Materials
1911年創業の老舗。2021年に110周年記念イベントを実施

ただし、日本では小売店主導の大規模イベントは少なく、メーカー主導が主流でした。世界堂アートエキスポは、この常識を打ち破る試みだったと言えます。

画材イベントの「役割分担」

今回のイベントを見て、私が強く感じたのは規模の違いが生む役割の違いでした。

世界堂のような大手小売店の役割

業界全体の情報発信
メーカー40社が集まることで、各社の最新商品や新製品を一度に見られる「業界のショーケース」となります。

幅広い層へのアプローチ
東京国際フォーラムで無料開催という規模感により、普段画材店に足を運ばない層にもリーチできます。

メーカー新商品の発表の場
大手主催だからこそ、メーカーも安心して新商品を発表できます。

「画材って面白そう!」と思わせる入り口を広げる役割

Five Starのような専門特化型イベントの役割

私たちFive Starが目指しているのは、「アートを本格的に勉強したい」と思わせる専門的知識の提供です。

深い学びの場
厳選5ブランドに絞ることで、それぞれの画材の特性を深く理解できます。例えば2025年のFive Starでは、アトリエ21によるP100サイズのクロッキーパフォーマンスを開催。プロのアーティストがどのように筆を選び、どのように線を引くか——その技術と思考を間近で学べる場を提供しました。

「なぜこの画材を使うのか」を伝える
参加ブランドを絞り込むことで、「なぜこの筆を使うのか」「この紙とこの絵具の相性は?」といった専門的な知識を深く伝えられます。

地域文化との融合
重要文化財・自由学園明日館(フランク・ロイド・ライト設計)で開催し、「池袋モンパルナス」という芸術の歴史を継承します。

「アートを本格的に勉強したい!」と思わせる次のステップ

二つのイベントは補完関係

世界堂のような大規模イベントが「入り口」を広げ、Five Starのような専門イベントが「深い学び」を提供する——両方があることで、画材業界全体が豊かになります。

画材業界の未来——これから何が必要か

メーカー・卸・小売の新しい関係

従来のメーカー → 卸業者 → 小売店 → 消費者という流通構造に加えて、体験価値を共創する関係が求められています。

世界堂アートエキスポのようなイベントで、メーカーが直接消費者と対話し、フィードバックを得る。小売店は単なる「販売者」ではなく「アート文化の発信拠点」となる。卸業者は業界全体をコーディネートする「プロデューサー」となる——そんな新しい役割分担が見えてきます。

「売る」から「育てる」へ

画材を売ることは大切ですが、それ以上に大切なのは画材を使う人、画材を愛する人を育てることです。

世界堂のイベントで画材に興味を持った人が、Five Starのようなイベントで深く学び、やがてアーティストとして育っていく——そんな好循環を業界全体で作ることが、未来への投資になります。

私が実行委員長として感じること

競争ではなく協創

世界堂の大規模イベントを見て、「私たちには真似できない」と感じると同時に、「これは競争ではなく役割分担だ」と理解しました。

大手は業界の認知度を高め、新商品を広く紹介する。中小は地域に密着し、深い学びの場を提供する。それぞれが持ち場で最善を尽くすことで、業界全体が前に進みます。

世代交代の使命

世界堂も名村大成堂も1940年前後の創業。戦後80年という節目の今、次世代に技術と文化をどう継承するかが問われています。

Five Star 2025でアトリエ21のクロッキーパフォーマンスを開催したのは、「若手アーティストに本物の技術を見せたい」という想いからでした。汗をかきながら全身全霊で作品に向き合うアーティストの姿を見せることが、次世代への最高の教育だと信じています。

おわりに——アートの世界がここから始まる

世界堂アートエキスポのテーマ「アートの世界がここから始まる」は、画材業界全体へのメッセージでもあります。

画材を知らなかった人が、世界堂のイベントで興味を持つ。
趣味で絵を描いていた人が、Five Starで本格的に学び始める。
業界に携わる私たちが、業界の枠を超えて文化を創る。

大手も中小も、メーカーも卸も小売も、それぞれの規模と特性を活かしながら協力する——そんな画材業界の新しい物語が、もう始まっています。

私も実行委員長として、世界堂から受け取った刺激を次のFive Starに活かし、「アートを深く学ぶ喜び」を届けていきたいと思います。


[参考リンク]

執筆者
筆屋(HUDEYA) 管理者 / Five Star実行委員長

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ABOUTこの記事をかいた人

筆メーカー勤務。アートポータルサイト「筆選=Hudesen」運営者。画材専門ブログとして始まった小さな挑戦が、今では画材を中心としたアートポータルサイトへ進化。画材業界とアート文化の架け橋を目指しています。