第46回_キャンバスの『存在しないサイズ』のハナシ

油絵の手引き書や美術の教科書などを見ると、巻末などにキャンバスの『木枠寸法表』が出ていますよね?

0号・1号・SM (サムホール) ・2号・3号・4号・5号・6号・8号・10号…。
そしてF・P・M・S。

あの寸法表を見ると、画材店に行けばすべてのサイズのキャンバスが揃っているんだろう…って、思っちゃいますよね?

ごめんなさい。
すべてのサイズなんて揃ってないです。

っていうか、揃える気はありません。
ご期待に沿えず、ごめんなさい。

3ダースも高校生の頃、全部画材店にあるもんだろうって思ってました
Fだけじゃなく、PとかMとか…店頭で比べながら自由に選べるんだろうって思ってました。

ところが、実際にはあの『木枠寸法表』通りには揃ってやしません
そもそも、1号や2号や5号なんて…この世に存在しません ‼

あ、嘘です嘘です。
この世にはちゃんと存在してます。

でも、よっぽど巨大なお店か…よっぽどモノズキな店主の店でない限り、1号・2号・5号の枠張りキャンバスは見つけられないと思います。

と言いますのも、1号・2号・5号は需要がまったく無いんですよ
買いたがる人がいない!
“皆無” なんです。

だから普通のお店ではこれらのサイズの枠張りキャンバスを在庫で置くことはありません。
(長いこと売れないと、たるんじゃいますからね)

ちなみに、当店では1号・2号・5号のキャンバスを売ったことはありません。
当然木枠も置いてません。
今後も、取り扱うつもりはありません!

でも、ごくごくごくごくまれに…そういう “変なサイズ” のキャンバスを『欲しい』と言うお客様がご来店なさいます。

こういうヒトは…だいたい油絵の経験のまったく無いヒト。
そんな、な~んにもご存知無いヒトに限って…『それが一番基本のサイズなんでしょ?』と1号を、『なんとなくキリがよさそうだから』と5号を…指名して来ます。
(過去に一人だけ、そういうお客様が実際にいらっしゃいました)

このようなご要望には丁寧にお断りしております。
だって、店に無いんだもん。

いや…取り寄せてお売りすることは出来ますよ。
でも取り寄せません!
絶対に!

だって、その人のためにならないから…。

と言うのも、描き上がった作品はどうするの?…ってハナシ。
飾れませんよ?

つ・ま・り、額縁が無いんです。
そういう “変なサイズ” の額ってのは…。

ちなみに、額縁業界では…1号・2号・5号というサイズは『この世に存在しないもの』として考えております。
う~ん、潔いですねぇ。

ウチは額縁も扱う店ですから、1号・2号・5号のキャンバスを売るだけ売って、その後の額縁の相談には乗らない…なんて態度は取れません。

“既製品に無いサイズ” の額を取り寄せるとなると『特寸』扱いになり、同じくらいの大きさの額の1.5倍かそれ以上の値段になっちゃうのが普通。それに、製造に時間もかかります。
絵が仕上がったら額に入れたい…って思ってるお客様に、あえてトータルの値段が高くなるようなキャンバスを売り付けるのは心が痛みます。

ですのでこういう場合、“この世に普通に存在する” 『0号』か『SM』か『3号』か『4号』か『6号』のキャンバスをすすめるようにしています。

おそらくほとんどの画材店はウチと同じように、1号・2号・5号のキャンバスはなるべく扱わないようにしていると思います。

まあ、普段から油絵を描いてらっしゃるような先生方なら…1号・2号・5号のキャンバスが世の中にまったく出回っていないことを理解してくれていることと思います。
これは油絵の世界の『当然の常識』ってやつですね。

読者の皆様は…常識、ちゃんとお持ちですか?
1号・2号・5号のキャンバスなんて、世の中にまったく出回っていなんですからね~。

でも…『一応存在はするのに需用がまったく無い』とか、しかも『額縁業界からは完全に無視されている』っ…て、いったいどういうことなんでしょう?
不思議ですよねぇ?

では、いつものごとく…歴史を振り返ってみましょう。

油絵や水彩など…洋画の技法や画材はヨーロッパ (主にフランス) から明治期に日本に入って来ました。
油絵具や油絵用の筆やキャンバス布などの国産化にはやはり時間がかかったでしょうが、木枠の国産化はすぐに出来たことでしょう。
構造を理解し、形を真似るくらいのことなら…日本の木工職人にとって朝飯前のことですからね。

ネックになったのは、木枠の寸法をどうするか…。

メートル法発祥の地であるフランス製の木枠は、mm単位の端数が出ないように…キレイに『cm』で表記出来る寸法に統一されています。
一方、当時の日本は尺貫法…。

画材の輸入販売をしていた東京のB社が明治26〜7年頃に…フランスの木枠寸法に近い値になるように、尺貫法による “日本サイズ” の寸法を決めました。
F4のフランスでのサイズは『33cm × 24cm』ですが、
F4の “日本サイズ” は『1尺1寸 × 8寸』という具合です。

この…日本サイズを決めた時に、フランスの木枠と完全に互換性が保てるくらいに細密な寸法 (例えばF4なら1尺0寸8分9厘 × 7寸9分2厘みたいな感じ) でコピーしていたのなら…現在の “日・仏の寸法差” は生じなかったんでしょうが、木工職人が細かい目盛りにとらわれないで仕事が出来るように…少し大雑把な感じで寸法を決めたようですね。
『◯尺◯寸』って感じで…。
細かくてもせいぜい『◯尺◯寸5分』って感じの “5分(約15mm)刻み” で…。

B社は、当時フランスで生産されていた全てのサイズに対応出来るよう… “日本サイズ” の寸法を決めました。

実は…その当時のフランス国内における枠張りキャンバスの最小規格は、3号 (F3) だったんです。フランスには1号も2号も…そして0号も無かったんですよ。
B社が参考にした当時のフランスの業界の規格は、現在の『フランスサイズ』の寸法表から0号・1号・2号・5号を抜き、3号と4号のPとMも抜いたものでした。

B社による日本サイズ作成以降、木枠製造業者や全ての画材関連業者…そして額縁業界も、B社が作った寸法表に従って製品を作るようになりました。

※ 実は当時のフランスには独自の勝手な寸法でF1・F2・F5の木枠を作り…販売をしていた店は有ったようです。
現在のフランスサイズとは数mm異なる寸法が記載された価格表が、1891 (明治24) 年にフランスで刊行された書籍に資料として載っていたようです。
でもこの資料の持つ意味は、
『フランスでは明治の頃にF1やF2やF5が正式に規格化されていた』ということではなく…『フランスでは小さいサイズの統一規格がなかなか作れず、バラバラな寸法の木枠がダラダラと売られていた』と読み解くべき資料なのです。

大正時代になると…第一次世界大戦の影響でヨーロッパからの輸入は停滞し、明治中頃から盛んになり始めていた “画材の国産化” に一層の拍車がかかります。そしてサムホール (SM) という日本独自の小サイズ規格が作られ、『SM・3号・4号・6号・8号…』という…日本における小サイズのラインナップがほぼ固定化されました。

やがて戦後しばらくして、気が付いたら…いつの間にかフランスの業界では0号・1号・2号・5号という小サイズ規格が正式に追加されていたんですよ。
日本では作っていなかった3号と4号のPやMも…フランスの寸法表には記載されています!

それを知ってB社や日本の木枠製造メーカーも0号・1号・2号・5号の木枠寸法と3号・4号のPとMの寸法を…急遽『日本サイズ』の寸法表に書き加えましたが、木枠メーカー以外の画材業界全体と額縁業界の反応はまったくもって鈍く、実質的には最小サイズの『0号』のみが商品として追加されただけ…で、現在に至っております。

ここに、寸法表のラインナップと実際の商品のラインナップにズレが生じたわけです。

というのも、F1とF2は…日本のSMの大きさとそれほど違わないんです。
それに日本ではSMというサイズがとても好まれていて、すでに圧倒的な量で額縁も販売されていました。
つまり、日本の画材業界にF1とF2の入り込む余地はまったく無かったのです。

F5が日本で普及しなかった原因はイマイチわかりません。おそらくF4と大きさが近過ぎたのかも知れません。あと、『4・6・8・10・12』と…奇数を飛ばすのが当たり前っていう考え方がはびこっていたためかもしれません。

『3ダースサン、明治24年頃にフランスの一部のお店で…それが独自の寸法だったとしてもF1やF2やF5を売っていたのなら、その時点で日本に入って来てても不思議じゃないはずでしょ? 渡仏していた画家も多かったんだし、現地で購入して持ち帰った人もいたはず。何を根拠にF1・F2・F5は戦後になってからようやく日本の寸法表に書き加えられた…なんて言えるんですか?』ってツッコミも聞こえて来そうですが…3ダースは適当な事は言ってません。ちゃんと根拠があるんです。

0号も含め、1号・2号・5号の寸法表の数値をご覧ください

0号も含め、1号・2号・5号の寸法表の数値をご覧ください。

※画像参照

日本サイズとフランスサイズの数値がまったく同じですよね?

逆にその他のサイズは…たまたま偶然同じ数値の箇所もありますが、基本的には長辺と短辺の両方がフランスサイズと一致するものはありません。

要は、0号・1号・2号・5号は尺貫法に “翻訳” されなかった…ってことなんです。
つまりこれは、『日本の世の中のルールが “メートル法” に切り替わった戦後以降に、0号・1号・2号・5号の寸法が日本サイズの寸法表に書き加えられた』って断言出来る…重要な証拠なのです。

日本では旧 “度量衡法” が1951
(昭和26) 年に廃止され、同年に旧法に代わる “計量法” が制定。
8年の移行期間を経て1959 (昭和34年) に完全に『メートル法化』が済みました。

それまでは “尺・寸・分” で書かれていた日本サイズもメートル法による表記に書き換えられました。(この時にも少し “大雑把な翻訳” があったようで、フランスサイズとのギャップが広がってしまったサイズもいくつか有るようです)

3ダースは、先代の社長から『1号・2号・5号は寸法表の中だけに存在するサイズなんだ。だから実際には木枠は存在しない。メーカーは注文を受けてから生産するんだ』って聞かされてましたが、ある日…画材問屋さんにSMの木枠を注文したら、間違って『F2』の木枠が届いたことがありました。

あったんですよ、商品が!

問屋さんの社員さんが倉庫の中のSMの木枠の隣の棚から間違って取り出してしまったそうな…。

実際には存在しない…って言われてたモノを目にしたので、まるでツチノコかカッパでも見てしまったかのようなショックでしたよ。『マジか〜。ホントに有るのかよ~』って、しばらくドキドキしてました。

ではまとめましょう。

『1号や2号や5号の木枠やキャンバスは、寸法表の中だけに存在するのではなく、一応…この世に存在します。
しかし、需要がほぼゼロなので…流通量は極端に少なく、めったにそれを目にすることはありません。
もし、そういうサイズのキャンバスをうっかり買ってしまったとすると、専用の額縁を入手するのはとても困難です』

いかがですか?
わかっていただけましたか?

ですからホント、あの油絵の手引き書や美術の教科書に載ってる “木枠寸法表” にも困ったもんなんですよ。
いっそのこと、1号・2号・5号の欄は空欄にしてもらうか、塗りつぶしてもらった方がいいんじゃないかって思います。
だって、普通の店にはそんな変なサイズのキャンバスなんか置いてないんだし…欲しがるお客さんのために取り寄せたとしても、額縁が売ってないんですから…。

とにかく、読者の皆様におかれましては…1号・2号・5号というサイズは『木枠寸法表の中だけに存在するサイズ』と思っておいてください。
この世に実在しない、“想像上の生物” みたいな扱い…でいいと思います。

また、12号や25号や40号というサイズは…他のサイズに比べて極端に売れません。
少数派です。
(40号に関しては…埼玉県を含むいくつかの地域では、けっこう売れているんです。でも全国規模で見ると、30号の上はいきなり50号っていう認識の地域が多いようです)

中でも25号はまったく買う人がいませんね。
特殊なサイズ扱い…に近いです。

額縁も…25号のサイズで既製品を作ってる額の種類は極端に少く、選択の幅が狭いんですよ。

そしてPサイズやMサイズの枠張りキャンバスも、普通の画材店の店頭には滅多にありません。

油絵の手引き書などを読むと…さも当然のように『人物はF型を縦に使って。風景ならPを横にして…。特に海を描くにはM型を使いましょう』なんて書いてあるみたいですが、その記述…ハッキリ言って迷惑です。

誰がそんなこと決めたんだ ⁉
F型で海を描いたっていいじゃないか ‼
っていうか、ほとんどの人がF型で風景や海を描いてるのが現実なんだそ ‼

『どの号数でもF・P・Mの3種類から好きな形が選べます…』みたいな書き方をするな ‼
PもMも在庫してない画材店からしたら、えらい迷惑だ ‼

あ、少し言い過ぎ。
ゴメンなさい。

でも実際のハナシ、PやMもほとんど需要がありません。ほぼゼロに近いんです。
これが現実です。

例えばF6のキャンバスが千枚売れてもP6は1枚も売れません。断言できます。
F6が一万枚でP6が1枚…売れた…かな? いや、やっぱ売れてないな…。
Mに至ってはF6が十万枚売れても、1枚も売れないでしょうね。

それが現実なのです。

“世の中に普通に存在している” のはF型のみです。
PやMは圧倒的に少数派なんです。

こんな状況ですので、額縁のラインナップもPやMは極端に品薄ですよ。
つい面白がってPやMのような特殊な形で油絵を描いてしまうと、額装の段階で面倒なことになる場合が多いので…ご注意を!
(文化祭や高美展や県展に使うような組立式の “仮縁” でしたら、PやMの入手は全然難しくありません。ご安心ください)

あ…これ、決して “必ずF型で描きなさい” って強制しているわけじゃありませんよ。
あの『木枠寸法表』をそのまんま鵜呑みにしない方がいいですよ…っていうアドバイスです。

F・P・Mでは圧倒的にFが優勢。
1号・2号・5号は実質…存在しない。
25号もほぼ存在しない。12号・40号も、少数派。

以上、キャンバスの大きさのウンチク話でした。

【第46回終わり】

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