現在の『F型』と呼ばれているカタチのキャンバス…の生い立ち
現在、『F型』と呼ばれているカタチのキャンバス…。その歴史を遡ると… “旧フランスサイズ” にたどり着きます。
それは…フランスでメートル法が普及するよりずっと前の時代に市販されていたキャンバスサイズ。その頃にはP型もM型もまだ無く、のちにF型と呼ばれる肖像画制作専用のカタチだけが…アルファベットを用いない “号数表記だけの状態” で存在していました。
メートル法が普及する頃までに作り出された旧フランスサイズの規格は4号~120号の16種類。その中には今は存在しない70号も含まれています。
さまざまな大きさの規格サイズが考案されたわけですが、それらのラインナップがすべて出揃うより前から存在したであろう “原初的寸法” と思われる60号と100号と120号のタテヨコ比率は、当時のフランスの長さの単位『ピエ』で単純に表記出来る寸法で設計されていた…ということがわかりました。
60号 = 4ピエ × 3ピエ
100号 = 5ピエ × 4ピエ
120号 = 6ピエ × 4ピエ
ほら、けっこう単純に決められていたんですよ
この3つの原初的寸法のうち、60号の比率と100号の比率を利用し…辺の長さを半分や4分の1にした小さいサイズの規格が作られました。さらにさまざまな需要に応えるため、既に作り出されたサイズとサイズの “間” を埋めるサイズも次々に作られました。
しかしそれらのタテヨコ比率は一律ではなく、8~20号では首像や胸像に適するよう…より正方形に近い比率が採用されました。
(短辺1に対して長辺が 1.2~1.227 )
25・30・40号では短辺1に対して長辺が 1.25 。
このあたりは半身像や椅子などに腰掛けた座像に適するように設計されていると考えられます。
50号以上は立位の七分身像用。あるいは立位全身像も視野に入れて…少し細目 (ただし100号を除く) の比率になっています。
(短辺1に対して長辺が 1.286~1.333 )
120号は短辺1に対して長辺 1.5 という…とても細長い比率だったため、立位全身像専用だったのだろうということがわかりました。
この旧フランスサイズの寸法が、1800年代中頃~後半にメートル法が市民の間に完全に普及するタイミングで…メートル法表記になるように調整されます。

『フランス現行規格』参照
それとほぼ同時期に…一つ小さいサイズの短辺を流用して『P型』という規格が。二つ小さいサイズの短辺を流用して『M型』という規格が派生します。
こうして、現在に続くキャンバスサイズのF・P・Mの3つの規格体系が整えられたわけです (その後、日本独自でアメリカかぶれのS型が新たな規格として加わります) 。
つまり、画材業界で昔から語られていた “通説” …『Mは黄金比の長方形 (短辺1に対して長辺 1.618 ) で作られている』『Fは横にしたMをまっぷたつになるよう、縦に切ったカタチ (短辺1に対して長辺 1.236 ) 』『Pはそれらとは別な、白銀比の長方形 (短辺1に対して長辺 1.414 ) に由来する』…という考え方は、明らかに “根拠が無い” “後付けな理論” だったことがはっきりしました。
確かに、数値だけを見ると…旧フランスサイズの6・25・30・40・100号に使われている比率の『1対1.25 』と、通説によるF型の比率『1対1.236 』は近い…。
それは3ダースも認めます。
でも、今までさんざん話題にしてきたように…同じF型を名乗っているグループ内でもサイズによって比率はマチマチで、しかも通説通りの比率のキャンバスの方が極端に少ないんですから、“一律の基準なんか最初っから無かったんだ!” ということが言えると思います。
ピエ・プース・リーニュによる旧フランスサイズから…メートル法による『フランス現行規格』に移行する際、四捨五入のレベルを超えた大胆な寸法調整もいくつかありました。
その寸法表が明治時代に日本に入って来て…結構雑に尺貫法に翻訳され、さらに戦後の1959年にメートル法表記に移行したため…日本の現行の木枠寸法のタテヨコ比率はメチャメチャになりました。
旧フランスサイズの頃には…『首像や胸像用』『半身像や座像用』『七分身像や全身像用』『全身像専用』というようにタテヨコ比率を意図的に整理出来ていたのに、日本の現行のキャンバスサイズには意図も何もなく…グチャグチャな比率が混在しているのが現状です。
“一律の比率の有無” どころじゃありません。もう…ブレブレなのです。
日本の現行サイズのF型の短辺対長辺の比率は…
1対1.165 ~1対1.376 まで存在し、つまりブレ幅は『0.211』 もあるのです。
※ 明らかに細長い『F120』は除外して考察しています。以下も同様。
65年以上前に使われていた『尺貫法サイズ』の頃のF型の比率には…
1対1.167 〜1対1.375 まで存在し、そのブレ幅を見ると…現行サイズより小さく『0.208』でした。
おそらく140〜170年以上前に行われたであろうフランス市民レベルの “メートル法化” 後に使われ始めた『フランス現行規格』のF型では…
1対1.196 ~1対1.375 で、ブレ幅はもっと小さく『0.179』。
一番最初の『旧フランスサイズ』では…
1対1.2 ~1対1.333 で、ブレ幅は『0.133』しかありませんでした。
歴史を重ねるごとにブレて行き、日本の現行サイズが節操も無く…最もブレているのです。
メチャメチャでグチャグチャなのです。
これだけブレブレで…基準となる比率など存在もしていないというのに、先人達は『F型は黄金比長方形のまっぷたつ』なんてよくもまあ言えましたよねぇ? 呆れますわ。
画材業界人の諸先輩方や画材研究者の先生方にこの事実を突き付けてやりたいです。
『あんたら、根拠も無い後付け理論に振り回されてまっせ! 昔のフランス人が肖像画を描き易い比率になるように…せっかく調整してくれていたのを、のちのフランス人が四捨五入やらなんやらしてメートル法表記に合わせちゃって…それを輸入した明治の日本人が計算間違いだか勘違いだかをしながら雑に尺貫法に翻訳しぃ、今はそれをメートル法表記に直しちゃったもんだから “意味不明な細かい ㎜ 単位の数値の羅列” になっとるやん !? それのどこに “黄金比” とか “白銀比” が関係してるんっすかっ!』って。
現行の日本の木枠寸法表に、意図や基準が微塵にも感じられない…意味不明な数値がズラズラと並んでいるのは、そういう歴史があったからなのです。
さて、ここでちょっと肖像画について少し掘り下げてみましょう。
日本人は『肖像画』と聞くと、モデル (依頼者) がこちらを見つめているような…ほぼ正面から描かれた肖像画をイメージすると思います。
でも、昔のヨーロッパにおいて…意外に多かったのが『横顔の肖像画』です。
横顔はフランス語で『profil = プロフィル』。
特に真横を向いた肖像画はルネサンス前期の頃から多く描かれていたようです。

※ 添付画像= ボッティチェッリの『美しきシモネッタ』参照
もちろん正面や斜め正面の絵も描かれましたが、事実として…真横から描く方が人物の特徴を捉えやすく、正面から描くよりも本人に “似せられる” のです。
西洋人は鼻が高いので、真正面から描いたのでは…鼻の高さの表現はしにくいでしょう。
また男性を正面から描く場合は特におでこが顔に占める割合が大きくなり…なかなか本人に似せるのが難しいんだとか。
肖像画全盛だった時代のヨーロッパにおいて、画力のつたない無名画家達は…難しい正面からの肖像画にはハナっからチャレンジせず、依頼者の横顔に光を当てて影をキャンバスに映し、それをなぞって下描きとしたそうな…。
みなさんも、浦安あたりの夢の国で…横顔のシルエットを黒い紙の切り絵で作ってもらった経験がお有りな方も多いんじゃありませんか?
あれ、シルエットなのにけっこう本人 (依頼者) に似てるんですよね。すごいですよね。
あのお店の切り絵職人さんの腕をもってしても、“正面からのシルエット切り絵” で依頼者そっくりの作品を作ってもらうのは不可能だと思いますよ。
その人の特徴を最も雄弁に語ってくれる画像は『横顔』なのです。
横顔肖像というと古代ローマの硬貨などを連想する人も多いでしょう。
皇帝などの横顔レリーフが刻印されていますよね?
あれも、正面からの肖像より横顔の方がはるかに特徴をとらえやすいからです。
特に厚みの少ないレリーフで正面からの肖像を作るとなると、鼻の描写なんかできませんし…。
このようなわけで、横顔の肖像画はとても多く描かれていたんです。
ところで…俳人の正岡子規や作曲家のドビュッシーの顔って、思い浮かべられますか?
二人とも横顔の肖像写真のイメージが思い浮かぶと思います。
他にも進化論のダーウィンも…横顔の肖像写真のイメージが強いですね。

※添付画像 = ドビュッシー参照

※添付画像 = ドビュッシー参照
モンテスキューも横顔肖像のイメージが強いですが、モンテスキューの時代は肖像写真ではなく肖像画でしたね。

※添付画像 = モンテスキュー参照
正岡子規もドビュッシーも、教科書に横顔の肖像写真が載っていると男子達のラクガキ被害に遭う確率が高いでしょう。
正岡子規はだいたいフキダシをつけて何か言わせられちゃう…。
ドビュッシーには横顔の輪郭を囲うように三角形を描かれちゃう…。
でも、彼らはラクガキされたくて横向きの写真を撮ったんではありません。
あくまでも肖像画の伝統に則したやり方で肖像写真を撮ってもらっていたんです。
現代人からすると、まったく視線をこちらに向けてくれない横向きの顔は… “肖像” っていうイメージじゃなく感じちゃいます。
このヒトは正面を向かずにふざけてるのか、それとも極端な恥ずかしがり屋なのか…って。(だからこそ、ラクガキの標的にされやすいのでしょう…)
ですけど、横向き肖像写真はルネサンス期から続く伝統通りの…正統派スタイルだったんですね。
ドビュッシーさん、三角形のラクガキしちゃってごめんなさい。
再び木枠寸法のハナシ。
フランスでメートル法が完全に普及した頃…旧フランスサイズを単純にメートル法で採寸し、㎜ 単位ではなく ㎝ 単位で整数表記出来るよう四捨五入されたわけですが、なぜか40号と50号の寸法には…旧サイズと現行サイズの間に10㎜超のズレがあります。
これは3ダースの勝手な推測ですが、おそらく…40号は敢えて長辺を1mピッタリにしたんだろうと思います。
なんせ、『メートル法』ですからね。ジャスト1メートルの寸法が、寸法表の中にあってしかるべきでしょ?
旧フランスサイズには…ハンパを表すプースもリーニュもまったく使わない『ジャスト1ピエ』や『ジャスト2ピエ』が寸法表の中に有りました。『3ピエ』も『4ピエ』も『5ピエ』も『6ピエ』も有りました。
なので、ジャスト1メートルに一番近かった『3’ 1” 6‴』を…強引に1メートルにしちゃったんでしょうね。
『3ダースサン、だったらF40の短辺も…81cmじゃなくて80cmにすべきだったんじゃないですか? 短辺が80cmなら…短辺対長辺は旧フランスサイズの比率のままの1対1.25 だったのに!』って声も聞こえて来そうですが、いやいや…80cmじゃダメなんですわ。
81cmじゃなきゃ…。
おそらく、フランス画材業界人のオシャレな遊び心があったのでしょう。
フランス現行サイズのF40の比率は、短辺1に対して長辺は
1.234567…です
で、F40の長辺を強引に1mにしたため、バランスを取ってF50の長辺も少し短くしたのかもしれませんね。旧サイズから現行サイズへの移行で50号の長辺は18㎜縮みました。
あと、旧フランスサイズのみに存在した『70号』が…現行サイズに移行した際に廃止された理由も、勝手に推測してみました。
たぶん、需要はゼロではなかったと思いますよ。
でも供給側、すなわち『キャンバスを張って売る側』から見たら…不都合が有ったんです。
おそらく…木工職人さんは60号と80号の中間ってことで調子に乗って70号の木枠を作ってしまったのでしょう。
でも…布を切り出して木枠に張って売る側から見たら、70号を存在させるメリットが無いんですよ。
つまり、80号の張りキャンバスより当然70号の張りキャンバスは安くなるはずなのに…80号と70号にかかる “張り上げコスト” はほぼ同じですからね。
そうなると買う側が期待する値段で70号を提供することは出来ません。
ちょっとわかりづらかったかしら?
もう少し噛み砕いてみますね。
60号は木枠長辺がキャンバス布の幅の長さに対応しますから、キャンバス布に無駄 (ロス) はまったく出ません。
100号は木枠短辺がキャンバス布の幅の長さに対応しますから…やはり無駄はまったく出ません。
80号は100号と同じ向きで布を切り出さなければならないので、キャンバス布の幅の側に余りが出て…無駄になります。しかし長辺は100号より短いので、ロールから100号を切り出す時より80号の値段は当然安く出来ます。
しかし、70号はめちゃめちゃ中途半端!
60号と80号の中間のつもりで設計したはずなのに、値段を計算すると…だいぶ80号寄りの高値にしないと割が合わないんですよ。
張りキャンバスの販売価格を60号と80号の中間に維持することが出来ないと判断された時、70号の存在意義は消滅しました。
おそらくメートル法への移行とかよりもだいぶ前に廃番になっていたのかもしれません。
旧フランスサイズの4号と6号について。
『8〜20号は正方形に近い』って言ってましたが、それより小さい4号と6号に関しては説明をスルーしてました。
はい、4号と6号は肖像画にはあまり使いません。肖像画向きではありません。
だって、人間の顔を描くにしては小さ過ぎですからね。
つまり4号や6号は、肖像画以外の用途に使ったのでしょう。
花とか、風景とか。
で、肖像画向けの比率だった8号とか10号とか12号よりも…スリムな4号や6号のキャンバスに風景を描くことに味を占めちゃった人達が、のちにPだのMだのを欲しがるようになったんでしょうね。
また、4号の各辺は60号の辺の4分の1の長さで…6号の各辺は100号の辺の4分の1の長さなので、大きい画面のための雛型 (下絵用) として使われたりしたのかもしれません。
【第54回終わり】














コメントを残す