【旧フランスサイズの研究の続き…のハナシ】
『なるほど! 号数って面積に関係しているんですね?』っていう反応が、“いつもの若い先生” から届きましたが…ごめんなさい。ちょっと違います。
確かに旧フランスサイズにおいて、120号・100号・60号・25号に関しては…号数と面積が見事に比例しております。
しかし100号と60号の “中間” のはずの80号や、80号と60号の “中間” のはずの70号は…カタチが相似形になっていないので、面積も比例関係にはなっていません。
また、『4号と60号』『6号と100号』は…カタチは相似形同士ではありますが、号数の数値が面積比 (16分の1) と合致していないので…計算がうまく合いません。
ちなみに、4号が『3.75号』で、6号が『6.25号』だったのなら、計算がぴったり合うんですが…
ということで、“号数” は必ずしも面積を表しているわけではないのです。
前々回の後半でたまたま面積と号数が比例する例を面白がって列挙しちゃったため、みなさんには淡い期待を抱かせちゃったみたいで…なんかスンマセン。
※ 号数の『数字』に関しては後日改めて話題に取り上げる予定です。
さて、また今回も旧フランスサイズの木枠寸法のハナシです。
前々回に見つけた…100号に対して各辺の長さが半分 (つまり、面積は4分の1) の “25号” が存在したように、ちょい細めな比率の60号にも…各辺の長さがぴったり半分のサイズが存在するのでしょうか?
ちょっと興味が湧いて来ますよね?
60号の長辺は4ピエ…。
そのぴったり半分の長さである “2ピエ” の長辺を持つサイズは有るのかしら…?
あ、有りました。有りました
『15号』ですね
ん? なんか良い予感がしますよ
だってほら、15って60の4分の1じゃないですか?
これは100号に対しての25号の時ときっと同じパターンですよ
各辺が半分 × 半分で、面積も4分の1になるってヤツでしょ?
しかし残念ながら…この15号の短辺を見てみると、60号短辺のちょうど半分になる…『1ピエ6プース』ではなく、『1ピエ8プース』と…少し幅広な比率になるようにズラされちゃってるんです
え~?
なんでぇ~?
なんで60号の美しい比率を守らないの?
F200とかの大サイズ規格を作り出した…昭和初期の日本の木工職人達もお手本にしてたのは旧フランスサイズの60号の比率でしたよね?
そう。おそらく最も古くから存在したのであろう…古参の比率をお手本にするのは当たり前です。この比率は “みんなが大好きなカタチ” のはずなんですから!
だから旧フランスサイズの15号も、短辺は1ピエ6プースで行くべきだったんじゃないか…って3ダースは思うんですが、みなさんはいかが思われますか?
だって、短辺が1ピエ6プースだったのなら…定規の目盛も大きい目盛のはずだから読み易く、木枠の製造効率も断然良いんですから!
(12進法の定規は時計の文字盤と同様…3・6・9・12 (0) の目盛が、大きく作られています)
でもなぜか、ハンパな2プースをプラスしちゃって…敢えて小さな目盛を読まなきゃ作れない『1ピエ8プース』にズラされちゃってるんです。
なぜ?
なぜでしょう?
…これは3ダースの勝手な推測なのですが、おそらく15号くらいの大きさの画面で肖像画を描くのなら…60号と同じタテヨコ比率だとちょっと細過ぎだろうと判断され、意図的に幅広に調整されたのでしょうね…たぶん。
60号くらいの大きさだったなら全身像 (立位肖像画) を描くことも有り得るでしょうが、15号程度の大きさの画面で全身像を描くのは…肖像画としてはまず有り得ない。
つまり15号ってのは… “胸像専用” の寸法なのです。
そうなると、やはり少し幅が広めな方が都合が良いのでしょう。
ひょっとしたら、販売当初の15号は…60号の各辺ちょうど半分の『2ピエ × 1ピエ6プース』で売っていたのかもしれませんよ。でも、『もう少し幅広な比率じゃないと絵にしづらいよ』などと画家達から意見が寄せられ…規格を見直したのかもしれません。
まぁ…そのあたりに紆余曲折が有ったのか無かったのかはわかりませんが、60号の各辺を半分にする…という “単純な設計” などではなく、定規の目盛が読みにくいはずの1ピエ8プースという寸法を “敢えて選んで” 設計しているのには、それなりの意図が有った…っていうことでしょう。
何度も申し上げますが、当時の張りキャンバスやキャンバス用木枠の用途といったら『肖像画専用』と言っても過言ではないくらい、肖像画にばかり使われていたわけです。
つまりその中には…全身像を描くのにちょうどよい大きさというものもあれば、半身像にちょうどよい大きさというものもあるわけです。
また…胸像用、あるいは首像用…と、描く対象によって適する大きさはあるでしょう。
となれば、比率もおのずと決まってくるのです。
120号にデカデカと首像や胸像を描くなんて有り得ないんだし、8号や10号に立位の全身像なんて描きません。
全身像を描く機会も見込まれる50号以上のサイズは、比較的細長めな比率で作られるべきでしょう。
また8号~20号の小さめなサイズは、幅広の…少し正方形に近いような比率で作られるべきなのです。
ということは、25~40号はその中間の比率が求められるのでしょう。
当時の『旧フランスサイズの木枠寸法』は、このように “明確な意図” に基づいて設計されていると思えます。
『3ダースサン、肖像画肖像画ってしつこくおっしゃいますが、そんなに肖像画ばっかり描かれていたんですか? 美術館に収蔵されてる作品は、肖像画以外の絵の方が遥かに多いと思いますが?』との声も聞こえて来そうです。
いやいや、美術館に収蔵されるようなトップクラスの画家だけじゃなく、絵を描けるヒト達は当時たっくさんいたんですよ。つまり有名ではない画家達が…。
彼らは芸術作品を遺す “芸術家” などではなく、絵を描く “職人” 。その有名ではない画家達の収入源は…注文を得て描く肖像画なんですよ。
そりゃあ国王や皇帝や国家を動かすような一握りの政治家なら、超売れっ子の…つまり美術館に収蔵されるような画家に自分の肖像を描かせたでしょう。
でも、一般市民が裕福になり始めた当時…ある程度のお金さえ払えばどんな地位の人でも “画家” に肖像画を描いてもらえるくらい、たくさん画家はいたんです。
そして、その有名ではない画家が描いた肖像画は…依頼者の邸宅に掲げられるだけで、当然美術館などに収蔵なんか…されないわけです。
その邸宅の家族や来客以外の誰の目にも留まらずに、家族の世代が入れ替われば古い肖像画は順に処分される運命です。また…家が没落したら家財道具や絵画は売りに出されるでしょうが、よほどの著名人の肖像画でない限り他人の肖像画を欲しがるヒトなんかいるわけありません。…となれば、やはり処分される運命…。まぁ、個人の肖像画ってそういうものです。
昭和の街並をご存知の先生なら、どんな街にも “写真館” が有ったことを覚えてらっしゃるでしょう。
それなりの規模の街なら複数の写真館も有ったはずです。
多くの住民は、結婚式や七五三や入学式や卒業式や成人式などの機会に…写真館でカメラマンに写真を撮ってもらったものです。
また家族揃っての写真とか、お見合い写真なども撮ってもらったものです。
一生のうちに複数回、写真館で写真を撮ってもらう…というのが、まぁ当たり前な時代でした。
七五三などのイベントに合わせた撮影なら『記念写真』と呼びますが、比較的かしこまった服装や設定で…人物に重点を置いた撮影なら、それは『肖像写真』と呼ばれます。
ちなみに、個性を殺し…味もそっけも無くした肖像写真は『証明写真』です。
証明写真は今はスーパーの入り口の脇とかにある個室の自動撮影機で撮るのが当たり前でしょうが、昔は証明写真も写真館で撮ってもらったんですよ。
平成・令和の現代だと、写真館といえば子供専門の施設 (スタジオアリスやスタジオマリオなど) になっちゃってますが、昔は子供から大人まで…写真館で『肖像写真』を撮ってもらっていました。
おそらく “人” にはカメラマンに肖像写真を撮らせたい…とか、撮ってもらいたいという欲求が潜在的に有るのでしょう。
自分の晴れがましい姿を人に見てもらいたいし、自分でも見たい…。
自分の姿を後世に遺したい…などという欲求が有るのでしょう。
現代人も…スマホで自撮りしたり、プリクラなどで自身の姿を写真に撮っているじゃあありませんか。
“自撮り” というコトバの無い頃は、誰かに撮ってもらわない限り…自分の写真は残せませんでした。
(昔のカメラにもセルフタイマーという機能は有りましたけどね)
で、その “写真という技術” が存在しない…もっと昔の時代には、“肖像画家” が写真館の役目を担っていたんです。
もちろんそれは日本もヨーロッパも同じ事。
だからこそ、市販の張りキャンバスだのキャンバス用の木枠だのも生まれたんですよ。
画家は次々舞い込む肖像画の注文をさばくため、その下準備たる木枠製作やキャンバス張りなどには時間や労力を割きたくない…。一方木枠製作にたずさわる木工職人は、事前に一定の規格を定めておいて…大量に木枠を作ることで品質の統一とコストダウンをはかれる。
つまり、絵を描く仕事と基底材を準備する仕事の分業化がなされたのです。
画家の絶対数の少なかった…もっともっと昔の時代には、各々の画家の工房内で弟子達が基底材を作っていたわけですが、画家も増え…分業化も進み、“木枠を作る者” “キャンバスを張り上げる者” が画家の工房の外に生まれたわけです。
やがてそれらを一手に扱う『画材店』も生まれていった…。
そんな感じでしょうか。
あ、ここでちょっと訂正です。
第50回メルマガで…メートル法がフランス国内で使われ始めた1799~1800年よりも、さらに50年くらい前の頃のハナシとして『そんな昔から、街には画材店が存在していて…規格に従って木枠や張りキャンバスが作られていた』と書いてしまいました。
でも、“画材店” という表現は…まだその時代には早過ぎたようです。
チューブに入った油絵具を売るようになった19世紀後半…つまり1850年以降あたりからが、画材店と呼ぶのに相応しい “業態” でしょう (第45回参照) 。
それより前…市販の張りキャンバスやキャンバス用の木枠が売られ始めた頃に、その木枠を作って売っていたのは画材店というより『木工職人さん』達です。
彼らは家を建てる “大工” というよりは…おそらく家具や建具を作ったりする職人達だったのでしょう。教会の内装や祭壇なども手がけていたはずです。
ですので、画家が工房内で描いた祭壇画を教会の祭壇にはめ込んだり、宗教画に額縁を取り付け…教会内に据え付けたり。そういう作業もしていたはず。
だから額縁や木枠を作る技術も当然持っていたのでしょう。
そういう木工職人さん達が、画家からの依頼を引き受け…キャンバス用の木枠を作るようになったのだと思います。
やがて無名な画家もどんどん増え…市民も裕福になると、画家からの注文を受けてからイチイチ木枠を作るより…決められた規格に従って作られた “既製品” を店頭に並べて売る方が効率が良いと木工職人さん達は考えたのでしょう。
計画的に製造すれば、均質な製品が大量に作れます。
おそらく最初に設計されたのは60号、120号、100号、4号、6号、25号あたりでしょうね。
寸法が単純で、“ヒネリ” がありませんから…
そして60号と100号の中間の80号、60号と80号の中間の70号…というように、“間のサイズ” が作られます。肖像画の制作を依頼する市民の側の要望も細分化していったのでしょう。
木工職人さん達は小さいサイズの需要にも応えます。
『6号』の長辺短辺とも、寸法を2プースずつ伸ばして『8号』に…。
このように、長辺短辺ともに同じ寸法をプラスすると、元の比率 (6号) より幅広く…つまり正方形に近くなります。
この『8号』の長辺の寸法を3プース半、短辺の寸法を3プース伸ばしたものが『10号』です。
で、今回の冒頭で紹介した『15号』の寸法から…長辺短辺とも1プース半だけ縮めたものが『12号』ですね。
長辺短辺ともに同じ寸法をマイナスすると、元の比率 (15号) より細長い比率になります。
そして、『15号』と『25号』の長辺短辺とも…ちょうど中間になる寸法にしたのが『20号』です。
こんな感じで、25号以下の各サイズの寸法が決められたのではないかと推測いたします。
そして旧フランスサイズの中で最も注目に値するのが30号と40号です!
もう一度3ダースが作成した旧フランスサイズの寸法表をじっくりご覧ください。
30号に『9‴』 (9リーニュ = 0.75プース) なんていう…細かい単位の寸法が見えますよね?
9リーニュは、4分の3プース。定規の目盛は一応大きい目盛ではあるのだろうけど、だったら半プースである6リーニュの方がわかりやすいんじゃない?
9リーニュはだいたい20㎜。
6リーニュはだいたい13㎜。
この差の…7㎜程度の3リーニュにこだわってる意味が、3ダースにはわかりませんでした。
しかし、30号のタテヨコ比を計算してみたらびっくり !!!!
25号の比率とまったく同じなんです!
そして、やはり細かい単位の寸法を使っている40号も…25号とタテヨコ比がまったく同じ!
つまり、30号と40号は敢えて小さい単位まで使って、完璧に25号と同じ比率を再現していたのです。
いやぁ当時のフランスの木工職人さん、気合入ってますね!
すごいこだわり !!!!
ちなみに50号は40号の長辺を半ピエ (6プース) 、短辺を4分の1ピエ (3プース) 伸ばしたものです。
寸法表の数値をよく見れば…50号の辺の長さは60号の数値を基準にして決められたのではなく、40号の数値の方を基準にして決められたのだろうな…と推測出来ます。
あと…面白いことに、25号〜80号の短辺の “増え幅” はすべてきっちり4分の1ピエ (3プース) ずつになってるんですね。
まとめ
では、改めて旧フランスサイズの比率の整理をしてみます。
短辺1に対して長辺がどれだけの長さか…。
数値が大きければ細長いカタチ。小さければ正方形に近いカタチです。
4号と60号の比率は
『1対1.333』
もう何度も言ってますが、ちょい細めですね。
6号と25号と30号と40号と100号は
『1対1.25』
これが標準的な比率…かな?
120号は
『1対1.5』
これはけっこう細いです。
この三つが基本の比率と考えて良さそうですね。
8号・10号・12号・15号・20号はどれも上記の三つの比率より…ちょい幅広系 (正方形寄り) で、
『1対1.2〜1.227』になります。
ちなみに一番正方形に近いのは15号で『1対1.2』。
すなわち、8号~20号はすべて首像用あるいは胸像用に特化して用意されている…と考えられます。
25号~40号はすべて
『1対1.25』。標準的比率。
半身像か、椅子などに腰掛けた座像がよさそうです。
50号~80号はみんなちょい細目で
『1対1.286~1.333』。大きさ的には立位の七分身像 (膝上くらいまで) 用。あるいは立位の全身像も視野に入れた比率とも言えます。
先程、25号〜80号までの短辺は一定の増え幅 (3プースずつ) だと言いました。
しかし、40号から50号になる時の長辺の方の増え幅は一気に6プース増と…他のサイズでの増え幅と比べても異例の大きさなんですよね。まさにジャンプアップって感じ。
これはおそらく50号の長辺の増え幅を倍増させることにより…25号〜40号の “標準比率グループ” と、50号以上の “ちょい細長グループ” に与えられた役割を…明確に区別しようとしているんでしょう。
100号は例外的に標準的な
『1対1.25』の比率になっております。
これは25号~40号と同比率なわけですから、椅子などに腰掛けた座像で…より大きく、より立派に描いて欲しいという金持ちからの依頼のための寸法と見て良いでしょう。
120号は最もスリムな
『1対1.5』。
これは完全に立位全身像専用と考えられます。
いかがでしょうか?
第47回で日本サイズのF型の比率はまちまちで、適当であると3ダースは指摘しました。
しかし、フランスで最初に木枠寸法が設計された頃のプランを見ると…驚くほど明確な意図が存在していたことがわかりました。
キャンバスのタテヨコ比率は、肖像画を描くのに最適なバランスで設計されていたのです。
旧フランスサイズの考察は、まだ続く予定です。
【第53回終わり】













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