忘れられない人のハナシ
わざと意味深なタイトルを付けましたが、別に “そういうハナシ” ではありません。
学校相手の仕事をしていると、生徒さんと関わる場面もチラホラあります。
コロナ前は、顧問の先生に頼まれて部員さんの前でキャンバス張りの実演をしたり、木製パネルに画用紙の水張りの実演をしたり…。そんなこともやってました。
でも、基本的に生徒さんと接するのは “美術部という集団” として接するだけで、一人一人と個人的に話をしたりすることはほとんどありません。
だから生徒さん達の顔も名前も覚えません…っていうか覚えようとしてません。

そんな中、ここ10年ほどで出会った “名前 (姓) を忘れられない生徒さん” が、実は6人ほどいらっしゃいます。

その一人、ある男子生徒さんは3ダースの “師匠” です (現在、特に交流はありません) 。
彼は高2の頃、折り紙の面白さを3ダースに教えてくれました。
彼に教えを乞うため、放課後に3回ほど彼の学校にうかがいましたね。彼と一緒に折り紙をし…いろんな事をお喋りして、3ダースもオリジナルの折り紙作品をいくつか考案できるような腕前にまでなれました。
そんな6人の生徒さんの中で…フルネームで完全に名前を覚えてるのはたったの2人だけなんです。ちなみに師匠の下の名前すら知りません

今回はその、フルネームを完全に覚えているうちの一人の生徒さんのお話です。
『全日本学生美術展』
2016年1月、『全日本学生美術展』の搬入搬出を複数の学校から頼まれました。
全日本学生美術展っていうのは1月末に上野の東京都美術館で搬入がある展覧会で、会期は2月中旬。
主催は『全日本学生美術会』。これはサクラクレパス社内に拠点がある団体で、サクラクレパスグループの社員さんが中心になって運営をしています。
でも、理事・審査員は著名な画家の先生を外部から招請する形で来ていただき、厳正かつ公正な審査が行われています。
出品者は幼稚園年代から大学生まで。毎年だいたい6,000点前後の作品が出品されるそうです。
高美展とは違って、審査に通らなかった作品は陳列されません。出品料ももちろん有料。当然出品料は出品者個人の負担です。
ですので、気軽に出品出来る展覧会ではないかもしれません。

3ダースは、全日本学生美術展は学生にとって最も出品しやすい…チャレンジしがいのある良い展覧会だと思っています。
ですからウチはほぼ30年、途切れることなく作品搬入をしています (美術館改装のため、開催されない年が1回ありましたが…) 。
この展覧会の良いところは、生徒さんが “賞状” をもらいやすいこと。
もちろん、陳列されるためには審査に通らねばなりません。それは決してユルい審査ではありません。
でもね…陳列されなかった出品者にも、なぜか『入選証』という…ほぼ賞状らしきものが準備されてるの (原則無記名) 。まぁ平たく言えば参加賞みたいなもんですな。

無記名の入選証には、書道の先生とかにお願いして記名していただくのが良いでしょう。そうすれば年度末の全校集会などの場で、出品者全員がステージに上がって校長先生から賞状を受け取れるんですから!
審査が済んで、美術館に陳列されるのは推奨 (すいしょう) ・特選・佳作に選ばれた作品。
『入選』より『佳作』の方が上…ってのにも若干の違和感がありますが、佳作以上はちゃんと名前が記入された “賞状” と何らかの記念品がもらえます。
賞状は入選証よりひとまわり大きい…しっかりした賞状です。
筆耕 (ひっこう) さん (賞状書士とも呼ばれる職人さん) を雇って記名していただいてるんだそうです。けっこうな枚数ですからご苦労なことです。

入選証の方は基本的に無記名で作品搬出時に渡されるんですが、ここ数年ウチが搬入した学校およびウチが関係している学校の入選証には、特別に記名がされているんです。
これ、ウチだけへの特別サービス

その2016年に…ウチで運搬した複数の学校のうちのある学校は、県立の普通高校 (つまり芸術系ではない学校) 。そしてもうひとつは私立校。

この私立校が小振りな油絵作品を…十数点だったか二十数点出品して来て、搬入する全体量はけっこうなボリュームになりました。
対する県立高校からはほんの数点の出品。一番大きいのはB1サイズの水彩作品。2年生の女子の作品です。出品者のフルネームは今でも忘れておりません。
友達の女子生徒さんをモデルにして描いた人物画でした。とても繊細な線で描かれ、いかにも真面目で…清潔感のある淡い色彩の素敵な水彩画でした。うまく行けば “特選” くらいに入れるような手応えはありました。
一緒に運んだ私立校の油絵作品は、画面の大きさが小さいだけでなく…力不足の作品もけっこう目立ち、もう少し出品数を絞っても良かったんじゃないかなぁ…と感じました。
その油絵作品の仮縁は…全員がいわゆる手作り仮縁。多くの枚数の仮縁を作らねばならなかったためか、作りはとても雑なものばかりでした。
この私立校…授業で使う教材はウチに注文をしてくれていたのですが、当時…部活で使うキャンバスなどは大手の安売り画材店の通販を利用していたようです。
その頃ウチは…生徒さんの作品運搬の依頼をすべて無料で引き受けていたため、その私立校の作品をウチが運ぶのに若干のモヤモヤを抱いていました。

ウチより値段が安いってことで世○堂を選んだんなら、その○界堂に運搬も頼んでよ!…って感じ。
ウチの先代の社長がいつも言ってました。

よその店を使ってる人がウチに作品運搬だけを頼んできても、運んであげる筋合いはない。普段材料や額縁を買ってる店に頼むのがスジ。その店がそのお客を大事なお客さんだと思ってるなら…喜んで運んでくれるはず』…と。
その私立校の顧問は、単に値段だけでキャンバスの購入先を決めていたのでしょうね。
値段だけで比べられたら、安売り店相手にウチでは勝ち目がありません。
でも、ウチだって張りキャンとかは当然定価からだいぶ値引きして納品しているわけですし、仮に少しくらい値段が高かろうが…ウチは美術室前まで運んで納品するんだし、そのキャンバスを使った生徒さんが展覧会に出品するっていうのなら喜んで運びますよ。
安売り店に注文した物は、運送屋が事務室前に荷物を降ろすだけで…美術室前までは運んでくれないでしょ?
しかもウチは…支払いを半年とか、ヘタすれば10ヶ月くらいだって待ってあげてるのに…。
そういうサービス面も含めた上で…全体で見ても安売り店の方に軍配を上げたのであれば、キャンバスを購入してない画材店に無料で作品運搬を押し付けるのはおかしなハナシ。

買った店に頼めばいいんだよ。
もしその店に作品運搬を頼んだら料金が発生する…っていうのなら、それも含めての総額でウチと安売り店とを比較すべき。
条件を揃えるって、そういうことでしょ?
もし安売り店では作品運搬とかはやってくれないのなら、買ってない店なんかに無料で頼むのではなく…自分達で運べばよろしい。
まったく簡単なこと。
でも、授業の教材を買ってくれている手前…頼まれちゃったならこちらは文句を言わずに運んでましたけどね。高美展やら全日本学生美術展などに。何年も何年も、ず~っと無料で。
ちなみに、その後『画材業者は作品運搬業務を無料で請け負わないように』と…埼高文連美術・工芸専門部会事務局からの強い指導があり、現在は作品運搬は有料化されました。
教員側の視点に立つのなら『画材業者をタダで働かせているのは、社会通念上いかがなものか? 彼らに “対価” を支払うべきではないか?』という理念によるものかと思います。
でも有料化になった途端、その理念に賛同できなかったのか…それとも単にお金をケチったのか、その私立校は高美展の搬入を『自己搬入』に切り替えましたよ。
今まで無料で引き受けてくれていた業者にこそ…有料化以降は積極的にお金を支払い、今までタダ働きさせていた事への “穴埋め” をしてあげなければ…っていう考え方は、ついぞ浮かばなかったもよう。
(その学校と顧問の先生の名誉のために申し上げますが、そこは立派な学校ですし…その顧問の先生とも普段はとても仲良くやらせていただいていました。若干、ルールやモラル面での認識の違いが有った…っていうだけです。現在その先生は都内の私立校に移られ、代わって将来有望な若い先生が顧問をなさってます)
さて、その私立校の大量の油絵作品…みんな作品裏のキャンバスのみみが立ち上がっていて、手作り仮縁の裏まで飛び出していました。
そのたくさんの作品を軽自動車 (全日本学生美術展にはトラックは使いません) の荷室の壁に立てかけて私立校の積み込み作業をしていたのですが、作品をベルトで壁に固定する直前に…先に車に載せていた県立校の作品が立てかけてある反対の壁側に向かって、私立校の1枚が倒れてしまいました。
なんと、B1水彩画のオモテ面に倒れかかったんです!
『絵は乾いてますから…』と私立校の先生がおっしゃっていましたし、汚れが付きやすいオモテ面ではなく裏面が水彩作品のオモテ面に倒れ込んだだけ…。
だから、特に問題は発生してないだろう…と、その倒れた作品をどかしてみたら愕然!!!!!!!!
B1の水彩画のほぼ中央付近に、緑色の油絵具の汚れが付いてしまったのです!
細い線状の汚れ!
たしかに私立校の油絵の “オモテ面” はどれも乾いていました。
でもたった1枚だけに…、裏に飛び出したキャンバスのみみのフチの部分だけに…、乾いていない緑色の油絵具がべっとり!
よりによってその1枚が倒れて来るとは!!

何かの罰ゲームかよ!!!
同じ学校の作品同士で汚し合うのならまだしも、他校の…しかも水彩に!
しかも搬入前の作品に!!
これから上野に向かわなければならないのに、目の前真っ暗です。
悔やみました。自分を責めました。
私立校は、確かに未乾燥の絵具が付いた作品を出品してきました。
でもその作品達に、B1の水彩画のオモテ面が向くように置いてしまっていたのは3ダースの責任。私立校には何の責任もありません。
私立校の口うるさい事務員さんの目を3ダースが気にし過ぎ…大量の作品を積み込むのに焦りを感じていたのも確かに事実ですが (ウチの車を停めていた場所はその学校のスクールバスが何台も通る場所だったんです) 、私立校には何の責任もありません。

3ダースは県立高校の顧問の先生に…B1の水彩画を汚してしまったことの報告と、搬入が済んだら急いでそちらの学校に戻るので…帰らないで待機していて欲しいことを電話で伝え、急いで上野に向かいました。
搬入受付で、展覧会の現場リーダー (サクラクレパスの社員さんで…3ダースとは当時の段階で15年近い交流を持つ女性) さんと会い、同展覧会に出品する他校の作品と不用意に混載してしまったため…水彩の作品を汚してしまったことを打ち明け、審査上不利にならないようにお願いしました。
審査現場にも立ち会うそのリーダーさんは『汚れの大きさも小さいし、それほど目立たないから大丈夫だと思う』と。ただ、万一審査員の先生から汚れに関して何らかの発言があったなら、作者ではなく運搬業者の不手際で付いた汚れで…同じ展覧会に出品する他校の未乾燥の絵具が付いてしまった旨をちゃんと説明してくれる約束を取り付け、搬入を済ませて一目散に帰りました。
県立校に立ち寄り、出品者の女子生徒さんと顧問の先生に面会し、作品の汚れの箇所を写した画像を…出品者の生徒さんにもご確認いただきました。
そしてその時の3ダースに出来得る限りのお詫びを…出品者さんと部員のみなさんと、顧問の先生にさせていただきました。
出品者の生徒さんは、そのお詫びを受け入れてくださいましたが、3ダースの罪が消えたわけではないのです。
汚れた絵は修復なんか出来ないし、彼女の作品は永久に回復出来ないのです。
謝ってすむことじゃあない…。
でも精一杯謝らなければならない…。
出品者の生徒さんはとてもやさしく3ダースに接してくれ、3ダースのお詫びを快く受け入れてくださるどころか逆に感謝の言葉までおっしゃってくださいました。
3ダースは頭が上がりませんでした。

もちろん陳列されました。
ただ…同じ学校の同学年の男子生徒さんのB2サイズの作品は、特選に入っていたんです。
それはとてもとても喜ばしいことなのですが、3ダースはB1の水彩作品を描いた女子生徒さんにも同じ特選を獲らせてあげたかった。
B2の男子の作品は、斬新な構図で自宅玄関付近を描いた作品。動きも有り、色もビビット。はつらつとした絵です。
たしかに特選に手が届いたのも頷ける作品。
でもしつこいようですが、大サイズにチャレンジしたB1の彼女にも…同じ賞状を受け取らせたかった。
半年以上過ぎた2016年秋、3年生になったB1の作者の女子生徒さんが、再びB1サイズの水彩画を描き上げたことを知りました。
今度は横構図で、ご自宅の室内風景。色も前年の淡い色彩とはガラッと変わって、全体的にしっかり色が塗られている。
線も…か細く感じた前年の作品より、強く濃く…構図も面白い。
遠近法が…一部間違っている部分がありましたが、それ以外には何の破綻もなく、とても良くまとまっている。
3ダースは、顧問の先生を説得し、その生徒さんに…もう一度全日本学生美術展に出品してもらうよう、頼み込みました。
作品を汚してしまった “あの日” から1年と約1週間…
3ダースが作品を汚してしまった “あの日” から1年と約1週間…
2017年2月3日に県立校の顧問の先生からB1の作品の生徒さんが特選を獲った旨のメールをいただきました
(実際にお会いしたのは1回切りなので、お顔は忘れてしまいました)
サクラクレパスの、展覧会の現場リーダーの社員さんからも『3ダースサンが1年間応援してた生徒さん…表彰式にお父様と来てくださったんですが、賞状授与の時間の最後の最後ギリギリに駆け込んで来てくれて…。だから満場の盛大な拍手で賞状受け取ってもらえました!』と報告が。
卒業を前に、『部活を頑張って良かった』という思いをB1の女子生徒さんが抱いてくれたなら、3ダースも1年間応援し続けて良かったと思えます。
1年間背負い続けた罪の思いも、ようやく下ろすことができました。
会期中に東京都美術館に行ってきました。
その生徒さんの作品は、展覧会場を入ってすぐの壁面、“超特等席” に飾ってありました。
周りはみんな “推奨” の作品でしたが、“特選” の彼女の作品は他の作品にまったく引けを取っていません。

みなさん、これは3ダースがドジなミスをしたことにより起きた…情けない失敗談です。
悪いのは3ダース一人なのです。
それは重々承知しております。
でも前回のメルマガの後半で『飛び出たみみは凶器』と書いた文の意味が、みなさんにもおわかりいただけたことと思います。
実際…仮縁の裏面よりも後ろに飛び出たみみが、もしも他の未乾燥な油絵作品のオモテ面に当たってしまったなら、画面をみみが引っ掻いて…絵具をこそげ取ってしまうことでしょう。
そのこそげ取られた絵具が、今度は別な作品を汚してしまうのです。
それに…裏側に強く立ち上がったみみは、陳列された後に徐々に壁面から作品を遠ざける (壁面から作品を浮かせる) …バネのような力さえもあります。
展示用フックの収まり具合が安定していないと、みみの反発力のせいで作品が落下する恐れすらもあるんです。
つまり、描き終わった後にみみを残しておくのは百害あって一利無し。
仮縁をはめる前に…みみを丁寧に切り落とすか、仮縁の裏面より後ろに飛び出さないようにガンタッカーで徹底的に打ち付けて、みみが浮いてこないように始末しておいてください。
出品校でその作業をしてくださらなかったのなら、ウチが容赦なく “始末” いたします。ご了解ください。

他の画材業者や運送業者が、どういう気持ちで作品運搬をしているかは知りません。
どれだけ一つ一つの作品に気を配っているのか、仮縁の取り付けの不備や不用意な汚れによって、他の…特に他校の作品を傷めたり汚したりしていないか。
3ダースは実際に自分が学生の時には出品者だったということ…そして高校時代のすべてを部活につぎ込んでいたこと…がありますので、他の作品によって自分の作品が壊されたり汚されたりした生徒さんの気持ちが痛いほどわかるんです。
ですから運ぶ側の人間が壊したり汚したりすることには絶対に荷担してしまわないように…2016年1月の “あの日” 以降、作品運搬には人一倍 (どころかおそらく他の業者の千倍) 、神経を尖らせております。
みなさんのほんの少しの意識改革、ほんの少しのひと手間で、作品運搬時のトラブルの芽は防げると思います。
今後もメルマガ読者のみなさんと、ぜひお互いに良い関係を続けられたら…と思います。
【第34回終わり】